本ブログでも、本書を日本に紹介する意義を説明しましたが(→過去ログ1)、今回、別の観点からクリエイティブ・シンキングについて自分なりの考察を加えて解説いたします。
以前、本ブログで原著者のマイケル・マハルコ氏のクリエイティブ・シンキングの考え方が、チャールズ・ダーウィンの「進化論」に大きく依拠していると何度も述べました(→過去ログ2)。
ダーウィン自身が生物学に革命を起こしたこの偉大なクリエイティブ・シンカーですが、ダーウィンはその進化論を通して、私たちにクリエイティブ・シンキングをいかに実践すべきかを教えてくれています。
さて、ダーウィン理論の中核にあるのが「突然変異」の考え方です。
突然変異は遺伝子レベルのごくわずかな変化によって、生物がこれまでにない特徴を備えることです。これはごくまれにしか起こらず、また、そのほとんどが起こるだけで、その生物全体の活動パターンに影響することなく廃れていきます。
でも、またごくまれに、これがその生物全体に大きな影響を与えることがあります。それはその突然の変化が、今の環境を生きるのに有利に働く場合です。たとえば、ある植物Aが突然変異によって、これまでより極端に背が低くなって、横に拡がった形態になったとします。
植物Aは背が高いほうが太陽の恵みを得やすく、有利に成長できてきたのですが、近年、雨がさほど降らなくなっていたとします。
すると、背が低く横に広いその形状は、現在の環境に適応するのに有利に働きます。その結果、突然変異を起こしたこの形状の植物の遺伝子が生き残っていき、最後はその植物全体が、突然変異を起こした形状の勢力を塗り替えられていきます。
クリエイティブ・シンキングは、これと同じプロセスを思考プロセスとしておこなうことです。
遺伝子は精密に全く同じコピーを作って増えますが、何万分の1、何十万分の1といったごく小さな確率で、遺伝子の場のどこかで、ごく小さな「コピーむら」が起こることがあります
それは人間がコピー機でコピーをとるときなら気がつかない程度の「むら」ですが、生物の場合、大きな特徴の変化を起こしえます。
私たちが思考するとき、与えられた枠組みにそって論理を展開し、過去の経験を延長した形で発想します。枠組みを何度も使っていると、私たちが膨大に同じパターンを使っていますが、私たちは繰り返しの中でそれを「自動化」します。考えなくても使えるようにするわけです。
それはちょうど大リーガーのイチロー選手が、複雑な過程を必要とする「走りながら打つ」という高度な技術を、ほとんど何も考えずにおこなっているのと本質的には同じです。あるいは、「今年の巨人は強いね」「先発が安定しているからね」というなんということもない野球ファンの会話に、どれだけ膨大な情報が省略されているかを考えてもいいでしょう。
これは、毎回同じことをやる上ではすばらしい人間の性質ですが、どんな場面でどんな人がどんなに考えても、ほとんど同じ結果になるという宿命を背負います。これはクリエイティブである状態とは対極です。
クリエイティブ・シンカーは、思考に「突然変異」を起こして、誰も思いつけないような発想を導くようなことができる人たちのことです。こういう人たちを、多くの人は「天才」と呼んで、自分とは全く違うレベルの人に選り分けます。
では、普通の人は「天才」にはなれないのでしょうか。
「なれる」というのが私たちの結論です。ただし、そのためには思考に「突然変異」を起こす技術が必要です。マハルコ氏が考察するクリエイティブ・シンキングは、「天才」たちが意識的、無意識的に使っているそのための技術を、同じように使えるようになることを目指しています。
ところが、こういった説明をしても、クリエイティブ・シンキングについて大きな誤解をする人たちがいます。
こういった人たちに共通するのは、どうやらダーウィンの説明する突然変異を誤解していることに起因しているということに、最近、私は気づきました。
しかも、困ったことにどうやら学校の教師の一部が突然変異を誤解している場合も少なくないようです。
突然変異のポイントは「突然」起こることです。
たとえば、稲を作ると、そこにはいろんな背の高さになります。分析するとだいたい中くらいの背の高さのものが多くなります。極端に背の高い稲と低い稲はごく少なく、中くらいに近づくほど数が増えます。
そこで、「背の高い稲を作ろう」と思って、極端に背の高い稲だけを集めて植えたとします。それを繰り返せば、背の高い稲ができるだろうと考えてのことです。
でも、これではうまくいきません。やはり「中くらいのものが多い」と状態がいつまでも続きます。いくら「優秀」なものばかり集めても、それが連続性のあるものである限りは、いくら「極端」を選り分けて集めても、同じ状態を繰り返します。
「極端」とは所詮はある延長上にあるものに過ぎず、「天才」でなく「優秀」なものにすぎません。
突然変異とはそういった「ばらつき」程度の状態とは無縁です。「何の脈略もなく、突然、枠組みを超えたことが起こる」ということです。そこには連続性がなく、ランダムであり、突然、突出した特徴を備えていなければなりません。
クリエイティブ・シンキングとは、特別な勉強を積み重ねて洗練された思考法を身につけることではありません。これを優秀な人材になる一方法だと考えてのことでしょうが、むしろそれとは対極にあります。
脈略なく大人にはわけのわからないことを突然話し出す子供のように、連続性のないランダムさがクリエイティブ・シンキングの中核です。たくさんの「思考のランダム」を起こしてある「すばらしい1つ」にたどり着ければ、あなたも「天才」と呼ばれる存在になるでしょう。
それは能力ではなく、あくまでも作業です。そこに「優秀さ」など求めたら、あなたはすでに「枠」の外など出られないでしょう。
今月の下旬に出版される『クリエイティブ・シンキング入門』はそれを知るための本です。このことを理解すれば、この本の価値がいかにすさまじいものかわかってもらえるのではないかと思います。

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