Success comes in all shapes and colours.
私はこれに「成功の形は種々多様である」という訳を付けたのですが、なぜそんな意味になるのかわからないという質問でした。
「なるほど」と思って手持ちの辞書をかたっぱしから調べたのですが、comeに関してもin shapes and coloursについても、たしかにこの使い方についてそのものずばりの解説はないようです。
というわけで、明確な「根拠」といったものは出せないのですが、私がなぜそのような訳にしたかということに限定して説明してみましょう。
『ルミナス英和辞典』(研究社)にヒントになる例文が載っていました。例文をそのまま引用にしてみます(この辞書は優れた記述が多いすばらしい学習英和辞典です)。
This dress comes in three sizes.
「このドレスには 3サイズがある」
Does dessert come with this meal?
「この食事にはデザートがついていますか」
Bags like this don't come cheap.《略式》
「このようなかばんは安く手に入らない」
これは、comeの11番目の語義「(製品などが)得られる」「 (商品が…の形・容器・種類などで)売られる」というところに載っています。
一見するとcome「来る」という本来の意味と無関係に見えますが、もちろんそうではありません。前提として、comeの「来る」は「話し手(あるいは聞き手)のところに近づく」ということをおさえておきましょう。
余談ですが、英語のcomeは、標準日本語の「来る」とちょっとだけ違うところがあります。日本語の場合、「次のセッションには行くつもり?」といった言い方が、自分が参加する場合でも可能です。英語ではもちろんWill you go to the next session?ではなく、comeを使います。
この場合は、視点が自分たちではなく、たとえば主催者にあって「○○さんのセッション」といった見方をしています。日本語では、英語のときのように話し手か聞き手に視点が固定されていないので、comeとgoが混同されることがあります。
また、地方(方言)によってはgoとcome、「行く」と「来る」の視点がかなり違うものあるようなので、そういった地方にいる方は概念レベルからきちんとおさえる必要があります。最初はたいへんですが、例文をたくさん読み込んでいくつか暗記すればなんとかおさえられると思います。
さて、例文に戻りましょう。「話し手(あるいは聞き手)のところに近づく」と考えれば、1番の例文は「3つのサイズがあるという状態で自分のところに近づくことができる」→「3つのサイズの状態で入手可能」ということです。
comeは現在形なので、「近づくということがあれば近づく」という可能性があることを述べています。つまり「私に近づくことができる」で、この場合は「私に入手できる」ということになります。
同様に、2番目は「デザートが食事につくという状態で入手可能」、3番目は「このようなバッグは、安い状態では入手できない」ということになります。
この考え方を適用すれば、Success comes in all shapes and colours.は「成功はあらゆる形や色彩を持った状態で入手可能である」となります。
ただし、筆者はこのあとに過去の成功例について述べており、この一文も成功の普遍的なあり方について言及しています。ですから、「(あなたが)いろんな形で入手できる」というより、「(どんな時代でも)いろんな形で現れる」という意味合いのほうを強く感じます。
そこで私は「成功の形は種々多様である」としました。ようするに「成功には決まった形がない」ということです。
アメリカではクリントン大統領の政権下でplain language(簡潔な言語)の採用が進められて、それ以来、現在も英語の簡素化が進んでいます。ただし、これはアメリカの英語が中学英語レベルになってきているという意味ではありません。装飾的な文学的表現を排除して、なるべく簡潔にしようということです。
たとえば、「最近、失業率が急激に上がっている」は、私たちが習った英語ならこう書く人が多いでしょう。
Recently unemployment has risen suddenly.
でも、これはplain languageではありません。なぜなら、recentlyとsuddenlyと2つも副詞がついているからです。では、どう表現するでしょうか。
Unemployment has soared recently.
soarを英語辞書で引くとrises very quicklyなどと書かれています。rise suddenlyはplainではないから、もっと簡潔にsoarを使おうというわけです。でも、日本の学校英語ではsoarは必修単語ではありません。知らない人も多いでしょう。
このように、plainであるとは、学習者にとってやさしくなることとは限らないのです。最初のcomeの使い方も同様で、plainな単語としてcomeが多用されるということは、私たちが学校で習っていないcomeの使い方が増えるということです。
ですから、「英会話は中学英語でじゅうぶん」は一部は真実ですが、私などむしろ昔より難しくなっているように感じます。以前は語彙を増やしていけばよかったのですが、現在はそれだけでは通用しない部分がでてきています。基本語彙に関する深い理解と、その類義語の理解が要求されます。
それはネイティブ・スピーカーにとってのplainが、学習者の「やさしい」とはかなり違うところに起因しています。中学英語は英語力の土台となる基本ですが、そこで止まっていてもだいじょうと言い切るのは、私は間違っていると思います。
むしろ初級学習者にはなかなか理解できない、ネイティブ・スピーカーにとってやさしい使い方が増えるので、指導者はこれまでよりたいへんになっていくでしょう。書店で英会話の本を見ても、そのあたりがわかっていない方が意外といるような気がします。
学習者もこの点は留意しておいたほうがいいかもしれません。

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