小学校英語にこだわる人たち・最終回 | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

国が小学校英語を導入したい理由はいくつかあるが、その中でとくに重要なのはグローバル化へ対応するための英語で意思疎通できる人材の育成だろう。もっとくだけて言えば、英語でしっかり仕事ができる日本人を増やしたいということである。



もちろん日本人全員が英会話ができなければいけないわけではない。できるに越したことはないが、その必要性がないのである。実際のビジネスで英語で会話しなければいけない割合は、おそらく日本人全体の5%にも満たないだろう。



ここに大きなひずみがある。



ここまで繰り返し述べたように、実はその裏に英語コンプレックスを払拭したいという日本人の多くが共通して抱える願望がある。だからこそ、「英語が正確に使える人材」など読み書きではなく、もっぱら会話のほうばかりがクローズアップされてしまう。


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では、英語の読み書きはどうでもいいのだろうか。



私は読み書きが会話を身につけるよりずっと重要だと考えている。



たとえば、技術者が最新技術を仕入れるための文献は日本語より英語のほうがずっと多い。また、金融などのビジネスも同様である。つまり、仕事で英語を使うと言った場合、会話より読解のほうが重要だ。外国人との交渉も、実際に会うよりメールのほうがはるかに多いはずだ。



幸いなことに、英語を読めるようになるときに、英語コンプレックスの葛藤は会話のときさほど大きくない。大事なのは知的好奇心である。



日本のテクノロジーを支えてきたのは高度な英語読解ができる人たちだろう。もし日本人の技術者たちの英語読解力が落ちれば、国力も落ちることになる。こちらのほうが大事であるし、この方向性の英語力が必要な人たちの割合はもっと高いはずである。



そうやって振り返ると、ここまで日本の英語教育は実はうまく機能してきたと考えるべきではないだろうか。



ただし、ここで見落としていけない点が1つある。それは、このことは必ずしも文科省の作ったカリキュラムがうまく働いていたことを意味しないことだ。



文科省は読み書きから会話を重視するようになってきており、文法が軽視されてきている。その結果、以前より英語が読めない日本人が大量に増えていてもおかしくなかった。



では、なぜそれが免れられたかというと、それは日本の英語教育を塾や予備校が側面から支えていたからである。もっと言えば、危機感を持った多くの親たちが自腹を切って子供を塾に行かせたからである。もしそれがなかったら、「ゆとり教育」の世代の学力はもっと悲惨な状況になっていたはずだ(→過去ログ)。



そのことでいくつも弊害はあるものの(たとえば、塾に行けない生徒と行ける生徒との格差など)、事実上、日本の教育は塾なしではやっていけない状況だ。国家の教育への予算が大幅に増えるあてがない現状では、これからもその状況に大きな変化はないだろう。


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もちろん英語でコミュニケーションできることは大事である。ただし、英会話がある程度できるようになるには、話す機会の有無が決定的に大事である。どんな人でも英語を話さざるをえない状況まで追い込まれれば話せるようになるし、そうではなければなかなか上達しないからである(→過去ログ)。



また、読解が大事だからといって、もちろん英会話が不要であるわけではない。技術者だって国際会議に出て優秀な他国の技術者と仲良くなって情報交換できれば、それに越したことはない。



ではどうすればいいのか。



「これ」というすばらしい方策は私にはないが、ここまでのことを考慮すれば、小学生の全員に英語を強要する必要はないということは言えるだろう。小学校で身につけることはその後の人生に決定的に大事になることが多い。「小学校教育では英語より大事なことがある」という意見にはその点ではうなずかざるをえない。



だが、やる気があれば英語は「勉強」ではなく、貴重な「体験」にもなりうる。たとえば、課外活動のように英語ができる環境があれば「将来、英語を使って仕事をしたい」とか「外国人と話をしたい」などといった願望が強い生徒は自分からやろうと思うはずである。英語クラブを各校に作るようなものである。これなら、有益な「体験」として英語を学べるはずだ。



これは小学生用の英語塾を作って、英語エリートを作ってしまおうという考え方に近いかもしれない。生徒間で英語力に差が生まれるが、「差」があるのは当然だと思う。その人の強みは何であってもいいはずである。



また、英語をやることで日本語が見えてくるということは多くの人が経験しているのではないだろうか。悪く言われることが多い英文和訳だが、苦労してやってみると、その英語がしっかりわかるだけでなく、日本語とも格闘することになり、日本語力も同時に磨くことになる。



「日本語より英語」も正しいが、「英語によって日本語を知る」もまた正しいと思う。



私は現状でやっていいのはそこまでではないだろうか。


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もし小学校英語をきちんと進めるのであれば、それに伴って中学校でも受け入れ体制を整えねばならず、入試で選抜できない以上、小学校と中学校の教師どうしで密にやりとりをしなければならない。授業以外の仕事でパンク状態の教師が多い中、はっきり無茶だろう。



生徒のやる気を引き出すには、将来、自分がどんなことをやりたいかなどおぼろげでもわかる必要がある。そのためには、世の中にどんな仕事があるのかも知らなければならないだろう。



小学生が英語をやるには英語だけの問題ではなく、「なぜ英語が必要か」を自分でも知っておくことが大事になる。その機会もなしにやみくもに導入して画一的に教えても成功するとは思えない。



(この項おしまい)



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