オバマ大統領が銃規制に本気で取り組み始めた直接のきっかけは、昨年12月にコネティカット州の小学校で26人がライフル銃で惨殺された記憶に新しいあの事件だろう。そのとき、27歳の小学校教師ヴィクトリア・ソトさんが生徒16人をクローゼットにかくまい、みずからの命と引き替えに守り通したことは記憶に新しい。
アメリカではこういった悲劇は繰り返し起こっているのだが、それでも本気で銃を規制しようとはしない。それだけアメリカという国の成立した過程で、銃で原住民を脅してきたという抑圧した良心の呵責を乗り越えられないからだろう。
オバマ大統領はそういった「アメリカの自己正当化の枠」にはまっていない。それは移民出身で、かつ黒人であることが大きいだろう。外部からアメリカを見るという自由な視点を獲得している初めての大統領なのである。
オバマ大統領が考えているのは、おそらくアメリカのプラットフォーム化である。
プラットフォームとは、誰もが自由に出入りできる共通の場のことである。たとえば、Wikipediaはインターネット上でプラットフォーム化された百科事典である。誰もが自由に編集に参加でき、その結果、膨大な情報量を持つ百科事典が出来上がった。
企業が従来の手法でやろうとすればいくらコストがかかるかわからないような事業が、プラットフォーム化によって、大資本が参加することもなく達成されたのである。
アメリカは成立時から運命的に移民国家であって、すでにプラットフォーム国家であるのは間違いない。だからこそ、その多様性が生まれ、多様性が化学反応を起こし、停滞することなく常に文化面と産業面が活性化され、圧倒的なトップランナーとして君臨でてきたわけである。
ただし、そのあり方には移民がアメリカに同化することを前提としている。アメリカに武器携帯の自由があるかぎり、アメリカ人になるというのは、お互いが銃で牽制し合って平和を保つ社会に参加するのと同義である。
ある学者によると、法律上、厳密に考えて100%の言論の自由が認められている国家は、アメリカと日本だけだと言う。ただし、日本は「空気」によって実質的に言論が制限されている。同様にアメリカでは「銃」によって制限されている。相手の自我を脅かすほどの批判をすれば、銃でいつ撃たれるかわからない。
オバマ大統領は、核廃絶を真剣に考えている初のアメリカ大統領である。これも結局は銃規制と同じで、「核兵器で牽制し合って平和を保っている」という現在の世界秩序がおかしいと考えているからだ。
核抑止理論は、すべての核保有国が合理的な意志を持つことを前提にしている。合理的な判断ができない者が核保有国のトップに立てば理論は崩壊する。
実際、北朝鮮は核兵器を保有することで、世界秩序に大きなマイナスの影響を与えている。1人の暴走によって26人が犠牲になった小学校の悲劇が、国家レベルで起きないとは限らないのである。
もしアメリカが銃規制に成功すれば、それは同時に核廃絶の可能性を高めることでもある。また、そのときアメリカは真のプラットフォーム国家となって、世界中の優秀な人材が目指し、行き交う場としてさらに発展していくことになる。
ただ、それは困難な道だ。アメリカの内と外の視点を両方持っているオバマ大統領は、その困難な道を歩み始めた、その1つのとても小さな光だ。でも確実に輝き続けている光だと思う。
(この項おしまい)

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