これから述べるのは表題のとおりですが、「アドバイス」の存在を否定するためではなく、語学について結局何をやればいいかを伝えたいだけであることをあらかじめお断りしておきます。
なぜ他人のアドバイスが当てにならないかというと、当たり前ですが、そのアドバイスをしてくれるのが自分ではないからです。
アドバイスというものは、いつもその人の経験から取り出されたものです。だから、その人がどんなにその分野の達人であったり、専門家であったりしても、結局は自分の経験からしか語ることができません。
どんな人も自分の経験の枠内でアドバイスを構築します。その人がどんなに共感能力に優れ、相手の立場がおもんばかれたとしても、最終的な判断は自分の経験から導くしかありません。
そのアドバイスは、多くの場合、発言者にとってはベストのアドバイスだと考えられるものです。でも、残念ながら相手にとってベストにはならないことは多々あります。
たとえば、受験英語をがんばってやってきて、英会話ができない人がいたとします。その人は「自分は難しいことばかりやってきたせいで、やさしい英語の運用が苦手になった」と自己分析しています。
そんな人に学習者が「私は英語が苦手なんですが、どうしたらいいですか?」とアドバイスを求めてきたとします。
すると、多くの人が自分の反省から「文法は最小限で良いよ。やさしい単語をきちんと使えるようになろう」とアドバイスすることになります。
素直なその人は中学文法をやったあとに、やさしい単語の使い方を一生懸命やります。その結果、やさしい単語を使える能力が身につきます。
さて、この人は「英語が苦手」から脱却できたでしょうか。
残念ながら難しいでしょう。アドバイスしてくれた人のように、「難しい英語」をたっぷりやった人が「やさしい単語の使い方」をたっぷりやれば、英語を得意になれるかもしれません。でも、苦手な人がやさしい単語の使い方を一所懸命やっても、得意になるのはやさしい単語の使い方だけです。
しかも、この場合、アドバイスをくれた人は英会話が得意ではありません。「文法を最小限にして、やさしい単語の使い方を覚える」で苦手が脱却できるのなら、なぜその人はそれをやって英語を話せるようにならなかったのでしょうか。そのアドバイスが本物であれば、やればできたはずです。
この点を掘り下げるとややこしい問題があるので今回は触れませんが、簡単に言えば、この人の問題点は「難しいことをたくさんやったこと」ではないからです。
では、苦手な人はどうすればいいのでしょうか?
私のお薦めは「英語を使わざるをえない環境に身を置くこと」です。
英語が得意だろうが苦手だろうが、使わざる環境にあれば否応なく英語を使います。失敗もたくさんします。失敗すると、「どうすればいいんだ」と追い込まれます。本当に追い込まれたとき、何をすればいいかがわかります。
本当の心の声なんて、そこまでしないとわからないんじゃないかと思います。
また「英会話が得意な人」とは、「英語を使わざるをえない状況に追い込まれる」という、多くの人にはマイナスに感じられる状況が、わくわくできるような人です。その状況にわくわくできるようになれば、どんどんできるようになります。
実は、このことを経験しているのに、それを重視せずに、その周辺をアドバイスしたがる指導者がたくさんいます。でも、できるできないは「やる状況にあるかないか」で決まるものであって、それ以外は主従の「従」に相当するものばかりです。
英語圏に留学すると英語が使えるようになるのは、使うしかない状況に追いつめられるからです。たとえ英語圏に行ったとしても、「使わざるをえない状況」から逃げられるのであれば使えるようになるはずもありません。大事なのは「留学」ではなく、英語を使わざるえないという「環境」です。
また、最初に出てきた「難しいことばかりやってきた」という人も、結局は大学受験などで「やらざるをえない状況」になっていたから、そうなったのでしょう。さらに先に進めないのは、単に「使わざる状況」になっていないからです。
ゴルフの石川遼プロが英語を話せるのは、某教材のおかげというより、海外で活動しているために英語をしゃべらざるをえないからというほうがずっと大きいのです。
語学(とくに会話)の場合、勉強は実践とのためにやるものと考えたほうがいいと思います。それが作れないのであれば、英語に莫大な時間を使うのはもったいないとすら私には思えます。

Image(s): FreeDigitalPhotos.net


