新しい時代のcreative thinkerとは? | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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以前、「creative thinkerとしての山中教授」という記事を書いたのだが、前置きのところが長くなって(いつものことだが)、途中で山中教授の新しい本を買っていたことを思い出して、説明を保留した。念のためそれを読んでから書いたほうがいいだろうと考えたからだ。



今回はその記事の実質的な続きである。ただし、「多様性のある場にいる」という点については触れたので、その中の要素を1つだけ絞って述べたい。それは山中教授のオープンさについてである。



山中教授の新しい本とは『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社刊)というタイトルのわりと軽めの本である。iPS細胞発見までと山中教授のことが概略としてわかる。取材とインタビューで成り立っていて、どうやらご本人はあまりタッチしていないようだ。


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あとで気づいたのだが、この本が出たのは山中教授がノーベル賞を受賞するちょっと前である。つまり、山中教授のノーベル賞受賞のタイミングを狙って出されたものだ。「おそらく今回は受賞するだろう」という予測のもとに出版したのだろう。



私が本書を買ったのは、山中教授が新しい時代のcreative thinkerではないかと思っていたからだ。読むと、まさに予想通りだった。



山中教授は相当に正直な方で、とくに自分に対して客観的である。悩みの多かった時代、コンプレックスにさいなまれた時代を本書でもかなり赤裸々に語っている。悩みの時代に自己啓発書を読みふけったことまで述べている。



だたし、「自分に対して厳しい」という感じの述べ方ではない。「ダメなところも受け入れる」というやわらかい態度である。



この態度は部下に対しても同じだ。今回の受賞で有名になった「右腕」の高橋さんについて、アイデアを出したときに、「ほんまはこいつ賢いんちゃうか」とつぶやくシーンがある。これなどiPS発見の手柄を高橋さんに譲るようなひと言である。高橋さんの貢献を強調したくてあえて述べたのだろう。


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いや、それどころではない。インタビューで驚きの一文がある。そのまま引用する。



「これらの経緯からわかっていだけると思いますが、iPS細胞樹立の立役者は、徳澤さん、一阪さん、そして高橋君の三名です。ぼくではない。」(p.152)



「部下の手柄は自分の手柄」というのが当然な大学院研究室にあって、「ぼくが発見したのではない」と言い切ってしまうことは、型破りとはまで言わないが、少数だと言っていい。この部分が山中教授が新しい時代のcreative thinkerである何よりの証左である。



山中教授が京大に作ったiPS細胞研究所は「オープンラボ」である。山中教授は通常の研究室を「独立国」にたとえ、iPS細胞研究所を「共和国」にたとえている。



開発競争にあってオープンであることは情報が漏れるというリスクを伴う。だが、そのリスクを冒して得たいメリットがある。



まず、オープンであれば分業体制でそれぞれが得意なことを受け持つことでき効率的である。同時に、外から新しい知見を入れやすくなるという大きな強みになる。



この研究所のあり方こそが山中教授そのものだと言っていい。



山中教授はすべてを受け入れるプラットフォームなのである。右腕の高橋さんは工学部出身だそうだが、そうやって分野違いの人たちも受け入れることによって、知見に多様性が生まれる。



もちろん肝心の人物が偏狭では台無しだが、山中教授はそれだけのオープンな場を作るだけあり、大きな器を有した人物ある。頭から拒否せず、まずは受け入れて面白いところがないか探すといったタイプなのである。



これだけの大学者に「おもしろい」と言ってもらい、「やってみよう」と言われた部下の気持ちになれば、その後の展開はわかる。みんな一生懸命に取り組む。しかも、山中教授はそのがんばりを、その部下の本人のものと認める。「自分ではなく、彼・彼女がやったのだ」と公言してしまう。


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これこそが新しい時代のcreative thinkerなのである。自分はiPSを成功させるための器であり、多くの人たちの知見と協力を仰ぐことによって成功に導くためのプラットフォームだと割り切っている。



しかし、誰でも名誉欲はある。しかも、ノーベル賞級ともなれば、その手柄は自分のものにしたいし、実際、部下の力とはいえそれを導き引き出したのは山中教授の力量である。



そのヒントになる記述が本書にある。それは、父親のことだ。



父親が病床に伏したとき、山中教授は父親の担当医となった。父親に注射をすると、具合がだいぶ悪くなっていたのにうれしいそうにするのである。



なぜこの場面が語られたかというと、おそらくこれが患者のために尽くすことの原点になっているからだ。



山中教授は「再び父親に会う前にできるだけ多くの患者の助けになりたい」と語る。そう、それこそが山中教授の最終目標なのである。



たくさんの患者を救えるから研究所は開発に有利なオープンなやり方を取り、自分の業績を上げるよりいろんな人たちに業績を上げてもらったほうが有利だから自分の手柄など気にしないのである。



それもこれも、「お父さん、ぼく医者になってたくさんの患者の助けになりました!」と胸を張って父親に報告したいからではないだろうか。この部分を述べた箇所を引用する。



「ぼくの父は、息子が臨床医になったことをとても喜んで死んでいきました。ぼくは医師であることにいまでも強い誇りを持っています。臨床医としてはほとんど役に立たなかったけれど、医師になったからには、最期は人の役に立って死にたいと思っています。父にもう一度会う前に、是非、iPS細胞の医学応用を実現させたいのです。」(p.190)


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