続・枝野官房長官は信頼できない | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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前回見たように、枝野官房長官はそもそも反政府的な政治家である。



政治家には大きく2つのタイプがある。1つは物を作る人、もう1つは物を壊す人である。もちろん、与党が前者で、野党が後者である。どちらも必要だ。



どちらかというと、大事なのは前者だ。なぜなら、批判は簡単だが、何かを作り出すことは難しいからである。



政治家が何かを作り出す際には、現実と理想の両方を見ていかなければならない。そういった資質がある政治家はごく限られている。



批判が簡単なのは、物を作り出すうえで「誰もが満足する完璧なもの」など存在しないからだ。欠点を突けばいいのだから、ある程度の観察力があれば簡単なことだ(優秀な評論家に実務をやらせたら全然ダメだったということはよくある)。



法律にしろ、インフラにしろ、どこかで妥協しなければならない。妥協しながらでも生み出さなければ、世の中は動かない。これが政治家のもっとも根本的な活動である。



ただし、だた妥協するのではもちろんダメだ。現実に即して、なるべく多くの人の役に立つもの、あるいは今はマイナスでも、長く目で見ればプラスに働くものを作らなければならない。それがわかるのも、政治家の大事な資質だろう。いまどんなに批判にさらされても、将来のためにあえて批判を受けて先に進めるのが大政治家というものだ。



枝野官房長官にはそういった資質は皆無で、まさに典型的な野党政治家である。作り出されてものに対して、批判する能力はひらすら高い。



実際、事業仕分けであれだけの仕事ができたのは、仕分け業務に「完成品に対する批判」という性質があったからである。完成品を評価するのは難しいが、批判は簡単であり、批判能力を持っている人は意外とたくさんいる。



枝野官房長官の福島原発に関する会見が隠蔽だらけであったことが、今すこしずつ明らかになっている。彼があれほど堂々と隠蔽できるのは、彼がまさに反政府的な政治家であるからである。



反政府的であるためには、誠実であってはいけない。なぜなら、真実がばれていつ権力側に弾圧されるかわからないからである。



一般に「権力者は都合の悪いことを隠したがる」というイメージを持たれがちであるが、実は権力者はむしろ隠蔽が苦手なもので、つい本音をしゃべってあとでつるし上げにあうことが多い。



枝野官房長官は長い間の反政府活動で、都合の悪いことをしゃべらないということに慣れすぎているのである。だから、会見であれほど堂々とみごとに都合の悪いことをしゃべらないで済ますことができたのだろう。



実際、枝野官房長官は震災直後、かなりの「演技」をおこなっている。というのは、当初、1日数回の枝野会見はかなりの深夜と早朝に設定されていた。さすがにこれではマスコミ側も体力がもたないとクレームがつけられ、早朝のほうはやらなくなった。



なぜそうしたかと考えると、それは枝野官房長官が「自分は一日中働きづくめである」という印象を与えるためだと考えるのが自然だろう。実際、「枝野はいつ寝ているのだ?」と話題になって、ツイッターで「枝野寝ろ」というハッシュタグまで作られたわけである。



もちろん枝野官房長官は寝ているはずで(昼間にかなりの空白時間があった)、私たちは(海外メディアも含めて)まんまとだまされたわけである。寝る間も惜しんで働いている枝野官房長官が隠蔽などおこなっているとは考えるはずもなく、私たちの怒りはひたすら菅首相と東京電力に向かった。



そして、いま枝野官房長官の本質がだんだん露呈している。



なんと彼は、東電に臨時融資までした銀行に「債権を放棄しろ」と言い放ったのである。株価が暴落した東電に銀行が融資したのは、原発事故を止めるためである。もし融資しなかったら、必要な手が打てず、どうなるかわからない。



その融資をした銀行に「貸した金をあきらめろ」では、今後同じようなことが起こったときに、融資する銀行などなくなってしまう。常軌を逸している。



しかし、枝野官房長官には彼なりの論理がある。



続きます。



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