そのときはえらく評判になって、ツイッターで「枝野寝ろ」をもじったハッシュタグが使われたり、イギリスのメディアが「サンキュー、日本のジャック・バウワー」などと書いたりして評判になった。
菅首相がほとんど何も効果的な手を打てずだらしなかったこともあって、枝野官房長官の株がぐっと上がった。
だが、私は別の印象を持った。
もちろん単なる印象なので、何の根拠もない。それは、「この人はいつも何かを隠している」ということである。
震災の直前、枝野官房長官は国会で自民党に攻め続けていた。それは革マル派が浸透しているJR総連から献金を受けていたことだ。総連の大会でスピーチする枝野氏の写真が出され、警察公安部に圧力をかけた疑いも持たれている(本人はヒアリングのみと否定)。
枝野氏は反体制的な人物である。これほど反体制的な人物が官房長官という重職につくというのは前代未聞だろう(・・・いや、もっと悪質な鳩山首相がいるか)。
もちろん政治信条は自由である。私は基本的にノンポリで、国を良くしてくれるならどんな政治家がトップに立ってかまわないと考えている。反体制派であれば、これまでたまりきったオリのようなものを洗い流してくれる可能性だってある。それはそれで良いことだ。
問題は答弁である。枝野氏の答弁は全く感情がない。まるでロボットのような印象である。言うべきこと、言ってはいけないことを峻別して、言ってもいいことだけを繰り返すだけという印象である。
原発の時の会見も全く同じだった。「この人は知っていて言わないことがかなりあるな」という印象を持った。どこがどうということではないが、とにかく感情がないのである。
実際、その後、政府がかなりの隠蔽をやっていたことが明るみになる。最初の爆発でかなりの放射線物質がばらまかれたこと、実はレベル7の事故であると知っていたこと、メルトダウンも早い段階でつかんでいたらしいこと。すべて隠していたのである。しかも、今はそのことには知らぬふりで通している。
一歩譲って、それがパニックを起こさないための「配慮」だったとしよう。だが、枝野官房長官の本性がその後、次々と明るみになる。それが東電問題である。この人は菅首相と違った意味で、信頼できない。
続きます。
