「そもそもじゃな、語学力というのは音と文字が連関しておる」
「もちろんわかります」
「日本人がアメリカ人と同じ発音をしようと思ったら、正確に口のかたちを作れるだけじゃダメなんよ」
「そうなんですか?」
「さよう。口にも筋肉がある。英語の発音では日本語より口の筋肉を数倍使うんよ」
「なんとなくわかります」
「それに、舌だって筋肉じゃ。口唇筋と舌筋がアメリカ人並みの筋力にならんと無理なんよ」
「はあ」
「口の筋力をつけるのは、ワシの領分じゃないからのお」
「そうですか」
「ワシにできるのは純粋に英語力を上げることじゃ。だが、英語力と言っても、英語以外の力がないと、英語力は上がらんのじゃ」
「でもですよ・・・神様のおかげで山田は英語でどんどんしゃべれるようになりました」
「まあな・・・ただ、彼は持っている知識は小さいからのお・・・結局その範囲でしかしゃべれんよ」
「十分じゃないですか」
「いや、言葉には自然な組み合わせというのがあるんじゃ」
「・・・と言いますと?」
「日本語でも"あいさつをする"とは言うが、"あいさつをやる"とは言わんじゃろ」
「言いません」
「そういった組み合わせの知識がないから、はためからはいくらぺらぺらしゃべっているように見えても、不自然な英語の連発じゃよ」
「うーん」
「その程度で良ければ、誰でも"ぺらぺら"なんてレベルは簡単じゃよ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
「・・・たしかに、ぺらぺらしゃべることが目的ではありません」
「相手に負担ばかりかけるような言い方ではしょうがあるまい」
「はい」
「ようはバランスじゃよ。すこしつずいろんな勉強をしていくうちに、英語の必要なそれぞれの力がちょっとずつ上がる。その総合力が英語力じゃ」
なるほど、と思ったものの、よく考えるともともとこんな申し出をしたのは神様じゃないか!
「あのですね・・・それがわかっていて、なんで、英語ができるようにしてやるなんて言ったのですか!」
「それは、おまえさんに英語学習でいちばん大切なことを知ってほしかったからじゃ」
「いちばん大切なこと・・・ですか?」
「さよう」
私は頭をフル回転させました。英語でいちばん大切なこと・・・。
「文法・・・ですか?」
「文法力をさらにつけても、運用力はあがらんじゃろ」
「そうですね・・・わかった、単語でしょ!」
「裏づけ知識のない単語を増やしてもしょうがないじゃろ。単語は一瞬で思い出せて、それがどう使うべきかを知ってないと意味がないんじゃ」
「でも知っている単語はたくさんあったほうがいいのでは?」
「ひごろから英語も読んでないのに、単語だけ増やしてどうなる?」
「・・・」
「考えなさい」
「・・・わかりません。僕はどうしたらいいんでしょうか?」
「目的を持つのじゃ」
「はい?」
「何のために英語が使えるようになりたいのかわからないのに、これまでダメじゃった大の大人が、すぐに上達するはずがないじゃろ」
私は「ジャロってなんじゃろ」というフレーズを思い出しましたが、すぐに打ち消しました。
「まず目標を持つんじゃ。すべてはそこから始まる」
「わからないでもないですが・・・それって神様にお願いするようなものじゃないでしょ」
「さよう」
「・・・おっしゃっていることがやっとわかりました」
「ほお・・・わかったとな」
「山田を・・・山田を元に戻してください!」
続く。