母娘の絆【第6話】 | 【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

ねこ店主のおばかさんでちょっと不思議なひとりごと。

 

母と距離を置きたかった彼女。

 

 

 

しかし、彼女の中には「母親に対する憎しみ」の

様なモノは欠片もなかった。

 

逆に、彼女達の間には「深い愛情」があるのは

間違いのない事実。

 

 

 

 

では何故?

 

 

 

 

彼女に単刀直入に聞いてみる。

 

 

「お母さん、あなたの事をいつも心配していて

それを言葉で聞く度に、ほっといて…みたいに

思ってたりした?」

 

 

 

 

彼女はだまって頷いた。

 

 

 

 

 

 

そんな彼女の思いを感じながら

自分の昔のことを思い出していた。

 

 

僕がまだ21歳の頃の話。

 

 

当時、家族で大阪の借家に住んでいた

のだが、両親が念願のマイホームを奈良

に購入し、家族全員で移り住む事になって

いたのだが…

 

実は、大阪の実家で母が茶道と華道の

教室をしていて、ある話を小耳に挟んだ。

 

「誰かが住まんのなら、家は貸せん」と

家主が言ってるらしいと、偶然、近所の

おばちゃんから…。

 

当時、大学の4回生だった僕は父と母に

「大学から近いのと、就職したら家賃を払う

ので、このままこの家で独り暮らしをしたら

あかんやろか」と言って、半ば強引に大阪

の実家に居座った。

 

 

母が慣れた場所で教室を続けられる為に

とは言わずに…。

 

 

それから、しょっちゅう奈良の新居から

世話を妬きに母が大阪の実家にやって来た。

 

母にしてみたら、家族全員で新しい土地での

生活を楽しみにしていたのに、次男をひとり

大阪に残して行った後ろめたさの様なものが
あったのかも知れないし、突然、子離れを

強いられたショックがそうさせていたのかも

知れない。

 

 

親離れは結構簡単だったのだが(笑)

 

 

しかし、その世話妬きは、就職して収入を得て

自活が出来る様になってからも続いた。

 

いつしか、そんな状況が鬱陶しくなったのか

世話を妬こうとする母の思いに、「もうワシ

社会人なんやから自分でするがな」という風に

半ば拒否する様になった。

 

 

そこで、母はようやく…いや、半ば強制的に

「子離れ」させられたのだった。

 

 

結局、あの頃の僕は、親から世話を妬かれる

事で、社会人として、ひとりの大人として認め

られていないように感じていたのかも知れない。

 

本当は、社会人としても、大人としても…

中途半端だった自分を認めたくなかったから

親からの援助を突っぱねたのだと今は思う。

 

 

今なら判る。

 

あの時、母を傷付けてしまった

自分の未熟さを…

 

 

 

 

 

僕は彼女にこう語りかけた。

 

 

 

 

 

「お母さんから執拗に心配される事で

もしかして…自分は母に心配をかけてる

ダメな娘なのかな?って思ってたのなら

 

それは

あなたがダメな娘だからじゃないんだよ。」

 

…って。

 

 

 

 

 

つづく