悲しき潮騒【第3話】 | 【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

【大阪・梅田】ねこ店主のひとりごと

ねこ店主のおばかさんでちょっと不思議なひとりごと。




僕は先輩にこう言った。




「沢山人が亡くなる直接の原因は
 …先輩のせいじゃありませんよ。」




ご存命の父上と、既に他界された
母上は、地域の為にとても貢献された
素晴らしい方々。




困っている人には、誰に対しても
手を差し伸べる様なご夫婦で
特に母上は家族との時間を犠牲に
してでも人の為に尽力されたそうだ。



ただ、弊害でもあるその問題は…



「相手を選ばずに」その「施し」を
行ったという事実。





誰にでもお金を貸したり
保証人になるという事は当然
海のモノや山のモノから…
どこかの馬の骨まで集まってくる。




その施しで生きる力を取り戻したり
もう一度人世をやり直す事が出来て
その恩を忘れず、更正する人達も
確かにいるのだが



中には…甘い汁を吸おうと画策
する輩も当然いるわけで…。




そうゆう波長の低い輩は
表面的には涙を流し
「このご恩は一生涯忘れません…」
と言いながら、心の中でペロッと
舌を出す。

 

 

当然、借りたお金の返済も
滞り、仕舞いにはもう少しお金を
貸してくれたらちゃんと借金を
返せる様になるという。





つまり「施し」をするのであれば
相手を選び、本当にその人の為と
なり得るのかを見極めなければ
ならない。







何故…

人生には苦しい状況があるのか?
その答えは大切なものを「学び」とる
為である。






本来、学ぶための苦しい状況に

対して無条件、無尽蔵に施しを

受け、何の努力もなしに解決が

できたら…



実は…余計な「施し」を与えた

為に、相手の学びの邪魔をする

結果となる事もあるのだ。












例えば…

幼い子供を育てる親にとっては
子が転ばぬ様に石をどけたり

先回りして怪我をさせない様に

するのが親心。





しかし、ある年齢になれば当然
石につまずき、痛い思いをする

からこそ、道にある石ころに注意

をして歩ける様になり、つまずいた

者の痛みを知るからこそ、その

つまずいた誰かに手を差し伸べる

事が出来る。





つまり、失敗や挫折は人としての

成長に欠かせない大切な「学び」

なのである。





もし…

その「学び」を取り上げられたら
どうなるだろう?



答えは簡単。



転んでも、自ら立ち上がる訓練を
全く受けていない人間はきっと…
誰かが起こしてくれるのを待って

みたり

最悪、起き上がれなかったりする。







先輩のご両親が行ってきた「施し」

は、決して私利私欲の為の行いでは

ないがその使い方を間違えれば…




相手の「学び」を奪う事になりかねない。






その結果、何度失敗してもあの方々に

すがりつけば助けてくれると、自らが

蒔いた種から出た問題の解決をする事

をせずに誰かに頼り続ければ、当然の

ことながら、本人はその問題から学べ

なくなる訳だ。







言わば…そういった
問題解決をしようとしない波長の

低い人間の周囲には同じ種類の人

が集まり、それがいわゆる...

「餓鬼の群れ」となる。




残念ながら

私利私欲にまみれた餓鬼の末路は

死して行くべき階層を更に下げる

事となる。


後悔してももう遅いのだが、階層

を維持、又は、更に上の階層を

目指す方法を知ろうとしなかった

のは誠に残念である。












先輩の周囲の方々の沢山の「死」

が決して餓鬼の末路ではないものの

それぞれの「死」には

良かれと思うご両親の意に反して
「学び」を削がれた輩を引き寄せた
結果は決して否めない。









つまり、直接的に先輩が起因する
「死」の引き寄せではなくて



少なからず

ご両親がその引き寄せに関係して
いた様に感じざるを得なかった

のだが…







ふたつだけ先輩自身のことで

「気になる点」があった。







それは先輩の

「今世」と「前世」に関係する

ことだった。










つづく