母と電話で久しぶりに話した。
「元気?」 から始まり、何故か2人とも少々早口で慌しく会話する。
たぶん、貧乏性のDNAを、この人から引き継いでいるわけであって、国際電話料金が頭をかすめ、お互いに口には出さなくとも自然にそういう態度になってしまうのだろう。
「最近どうよ?」 に話は流れ・・・
「あんたはいつまでそっちにいる気なのよ! 早く帰ってらっしゃい。 ていうか、アメリカも最近は下火って感じだし、すたれ気味って言うか、もう時代じゃないよね?」 と・・・
えっ?
何が下火なの? ファッション? 経済? ブッシュ政権?
何の根拠があっての発言かは、DNAを通しても分からなかった。
「そっちはどうよ?」 に何とか切り替え・・・
「2004年の日本は最悪だったね。 大地震やら、台風やら・・・本当に狂ってるね、もう懲り懲り。」 と、嘆く母。
「日本は危ないんだね、じゃあ、当分は帰れないなぁ。 こっちは地震ないしさ。 お母さんもNYに移った方がいいんじゃない?」
「な、何いってんの! 理屈ばっかりこねる子なんだから。 じゃ、そういうわけで、元気でね。」って、すごい強引な切り上げ・・・
「じゃ」 は接続詞だけど、前の文と後ろの文、全然つないでませんけど・・・。
しかも、そういうわけってどういうわけだろうか?
見事な私の 「うっちゃり」 を 「猫だまし」 で返された気分。
母に少し教えた英語を、電話の最後に必ず言ってくれる、
See you! とてもほほえましい。
だが、母よ。 電話ならいいさ・・・
手紙に 「シーユゥー!」 って書くのは、それはちょっと変すぎる、英語で書こうよ。