「あの日」から14年
あの時のことは、
今でもよく覚えています
庁舎の4階
わたしの人生ここまでだったか、
まさかこんな最期を迎えるなんて
想像できなかったよ
ズレた天井と
蛍光管から飛び散る火花
崩れる!!
庁舎ごと潰される覚悟もしました
ここ岩手県、内陸
建物は崩れなかったものの、
停電のため、同じ県内でも
沿岸の様子は分かりませんでした
有事の時こそ公務員の出番
何がどうなっているのか
よく分からないまま
本部の指示に従って動くのみ
数日後、電気が復旧し
津波の様子を知った時の衝撃
声が出ませんでした
本当に信じられなかった…
ちょ、ちょっと待って?
どうするの?どうなるの?
どうすればいいの???
当時は、娘が1歳
全て義母に任せて出勤していました
余震が続く中、ロウソクの灯りでの
娘の世話は大変だったと思います
娘をおんぶして
食材や紙オムツの調達に並んだり、
雪のチラつく中がんばってくれました
わたしも育休が明けた年でしたが、
余震が続く中、人事異動も行われ、
業務は沿岸支援へ切り替わりました
10年以上も前のこととなると
記憶にないことの方が多いですが、
あの時のことは、鮮明に覚えています
恐怖、不安の記憶は根強いですね
この14年間のうちに、
娘は中学を卒業する年に成長し、
わたしの祖父母、両親は
一人また一人と天に旅立ちました
3.11を迎えるたびに
考えるのは、やはり命です
命には、限りがあります
そして寿命は分かりません
自分にできることは、
今日を精一杯生きること
あれがない、とか
ここが足りない、とか
ついつい思ってしまうけど、
命がある
それだけで
心から満たされる感覚を、
今年も感じさせてもらっています
あなたの人生が
まるごと豊かでありますように![]()

