女性が経済的に自立して
力強く歩むことを重視してきました
なぜなら、
お金は自由も買うことができるから
18歳で農家に嫁いだ祖母は、
「本当は学校の先生になりたかった」
時々、そんなことを言っていました
亡くなった後、出てきた日記帳には、
同窓会に行きたかったけれど
祖父に参加費を出してもらえなかったこと
どうにかして
お金を稼ぐ方法を考えなければ…
というようなことが書かれていました
大学の卒業論文のテーマは
「東南アジアの観光開発と買売春」
学びの機会が与えられず、
賃金の高い仕事に就くことができない
女性や子どもの貧困、
弱い立場の人が
社会のしわ寄せを受ける実態が見えました
悲しくて、悔しくて…
だからこそ、
大学を卒業したこと
安定した公務員として自立できたことは
ゴールであるかのような喜びでしたし、
両親へ仕送りできることを
心から誇りに思っていました
ですが、20年後
私は、退職することを選びました
それは、
もう一つの大事なことに気が付いたから
経済的な自立が全てではなかったからです
自立と自律
自立とは「経済的・社会的な独り立ち」
自律とは「自己をコントロールする力」とか
「自らの考えを自分で律すること」とのこと
周囲からみれば、私は
一人前に自立していたと思います
ですが、いつからか
どこか他人の人生を歩いているようで
それには、
この「自律」が関係しているように思います
形が整っていても、
実情は、社会や組織に支配され
自分の意志ではなく、
つくられた常識や暗黙のルール
他からの強制や命令で行動している
それは、
何よりも大切な私の価値観
「自由」とは真逆の生き方なわけで、
違和感を感じるのは、
当然だったのかもしれません
ですが、
この社会に生きて
組織の中で働くということは、
制約があるのも当然です
それを踏まえた上で、
本当は、その中にあっても
自分次第で自律して生きることは
可能なことだったと思います
ただ、私は
仕事と家事・育児のハードな両立の中で、
自分をコントロールすること
自分と深く向き合うことができなかっただけ
理不尽な社会や
納得いかない上司の指示などを
消化してかつ、その上で自分として生きる
そこまで持っていく時間と心の余裕も
強さも、私には無かったのです
正解は分かりません
でも、一つだけ言えるのは、
かつての祖母や東南アジアの女性たちは、
逆境の中でも
強く美しく「自律」していたということ
私は今、
それを追いかけているのかもしれません
強く美しく、人生を自分で創ると決めて
では、また明日 ![]()
今日も一日、お疲れさまでした♡


