2018年3月
20年間務めた組織を退職し、
4年間のシフト期間を設定しました
超就職氷河期の中、
必死に勝ち取った
公務員の職ではありましたが
当時は 新しい挑戦に
清々しい気持ちでいっぱいでした
ところが、
組織名や肩書を無くし
「ただの人」となり数カ月…
私が最初に感じたのは、
「もし今、行方不明になったら、
本気で探してもらえるだろうか??」
という、恐怖でした
もちろん、
家族は警察に捜索を訴えるでしょう
小さな記事にはなるかもしれません
でも、訴えも虚しく
社会のパーツから外れた
無名の私の捜索は早々に打ち切られ、
いつしか忘れ去られて行く…
そんなことが
急にリアルに浮かんできたのです
社会との接点が無くなるということは、
居ても居なくても 問題ない存在…
正に、
自分が消えたような感覚に襲われたのです
私には
娘、妻、母という役割もありましたが、
社会の一員として 組織に属するということが、
私の存在意義の柱となっていたことを
改めて 大きく感じました
それは つまり、
「自分自身の価値」を
「組織に属する自分」にのみ 見出していた
ということでもあります
私が社会に出た頃には、
まずは安定した組織の正規雇用となること
定年までの安泰を確保することが第一
それが最終目標のような風潮もありました
超就職氷河期、経済低迷期においては
不安定な雇用形態での苦労や
安定した雇用の下での激務の中、
必死に走ってきた方が多いのではないでしょうか
いや、もっと前
受験に始まる 競争社会の中、
遅れまい 振り落とされまいと
流れに自分を合わせていく生き方を選び
自分で人生を創造するということを
放棄してしまっていたのかもしれません
大学に合格すれば、就職すれば
楽になれる と
いつも「今」を諦めて走ってきたのです
社会から消えたような恐怖をきっかけに
自分の人生を振り返り、
もっと恐ろしいことに気が付いたのでした
では、
組織名や肩書ではない
「自分の価値」とは何なのか?
もちろん、
人は生きてるだけで素晴らしい
生まれてきたこと自体が、
存在そのものが価値あることです
ですが、
生まれた後、
その人生の中で積み重ねてきた
経験、キャリアは
その人だけのオリジナルな価値です
私の20年間の職業キャリアも
振り返り、細かく棚卸しすることで
様々な宝物が見えてきました
仕事を通して
どんな経験をしてきたか?
その経験から何を学んだか?
何を選び何を手放してきたか?
その中には何か共通項があるか?
最も嬉しかったことは?
やりがいを感じたことは? …
それらは決して過去のものではなく、
独自のキャリアとして
今の私の中に確かに存在し、
今の私を創っているものでした
つまり、
組織名や肩書ではなく
自分自身に
ちゃんと「価値」があったのです
さらに、
仕事以外のキャリアも棚卸ししてみます
家庭生活、学校生活、部活、アルバイト、
地域活動、趣味、余暇、旅…
どんな小さなことでも いいのです
決して切り捨てず たくさん集めます
全ては原石
磨けば光る可能性に満ちているのですから
自分のキャリアは、
決して奪われることのない財産です
しかも、使いようによっては
さらなる価値を生み出す可能性もあります
自分の持っているもの
自分の価値が分かれば、
どんな状況であっても、
自信をもって
自分の道を歩くことができる
逆に言えば、
自分の価値を掘り起こさなければ
ずっと
自分の外に価値を探し続けてしまいます
全ては自分次第
たった一度の人生、
自分自身と手を取り合い
自分だけの
ライフキャリアを創っていきましょう
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