黙して語らずがすべてを物語る。偽証を促されても誘惑に負けなかったのは当然です。 | 私はケチだが役に立つ

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アメブロ一番ケチくさいブログを目指しています♪好きな言葉は生活防衛です。よろしくお願いします。ケチくさいという苦情だけはやめてくださいね♪

 

 

 

 

 

 

こんばんは

備蓄女王(仮)のラキ田ラキ子です。

 

 

 

 

 

今日は終戦記念日ですね。

 

 

 

 

おととし

 

 

 

去年と

 

 

 

終戦記念日に

まつわる記事を書きましたが

 

 


 

今年は

ちょっと変わった角度の

記事を書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

義母が亡くなってから

9年間一人暮らしをしていて

 

 

 

最終的には

コチラで引き取って

7年介護をして看取った義父おじいちゃん

 

 

 

9年間週末ごとに義実家へ

様子見に通っていましたイヒお父さんお母さん赤ちゃん

 

 


 

その義父が無くなったのは

 

 

長女の大学の入学式の3日前。

 

 

 

 

その当時

 

 

 

長女の大学の入学お母さん

 

 


そして次女の高校の入学赤ちゃん

 


 

亡くなった義父の関係やらでおじいちゃん

 

 

 

もー大変でした。

 

 

 

 

亡くなってから

 

 

 

まず役所の手続き。

 

 

 

銀行関係の手続き。

 

 

 

そして

社会保険事務所で手続き。

 


年金を止める手続きをしないと

不正受給になっちゃいますからね注意

 

 

 

口座凍結しているわゲラゲラ

 

 

 

おっさんと言う名の主人とイヒお父さん

 

 

 

 

じーさんの年金証書を持って

社会保険事務所へランニングランニング

 

 


 

書類をいろいろと見ていると

じーさんの職歴が出てきて

 

 

 

人に歴史ありなんやな~

と思ってみたりニコニコ

 

 

 


その担当してくれている

社会保険事務所の職員さんが

 

 

 

神妙な表情を浮かべて

A4サイズのプリントを

持ってきましてねパー

 

 

 

 

(職)あのー

 

 

 

はいイヒ?お父さん?

 

 

 

 

(職)お父様

造船所で働いていたなんてこと

おっしゃっていませんでしたか?

 

 

 

はい??イヒ?お父さん?

 

 

 

 

(職)年金の記録上

昭和1×年の1年間だけ造船所で

働いていらっしゃったみたいです。

 

 

 

 

私はもちろんだけどイヒ

 

 

 

 

息子である

おっさんと言う名の主人も

まったく聞いたことはなくお父さん

 

 

 

 

無いですバイバイイヒバイバイお父さん

 

 

 

 

(職)もし知っておられるなら

お支払いできる年金があるのですが~

 

 

 

 

おいくらですかイヒ?お父さん?

 

 

 

 

(職)5000円です。

 

 

 

 

職員さんからは

 


 

いーからウソでも

聞いたことあるって言っちゃいなよ

オーラ

ビシバシ感じましたが、

 

 

 

無いもんは

無い。

 

 



本当に知らないですね~

バイバイイヒアセアセバイバイお父さんアセアセ

 

 



(職)ああそうですか~(残念)

 

 

 

 

年金財政キビしいんやから

他に回してどうぞです真顔

 

 

 

 

必要な書類の手続きをして鉛筆

 

 

 

社会保険事務所を後にしましたランニングランニング

 

 

 

 

 

昭和1×年と言うことは

 

 

 

昭和ひと桁生まれの

じーさん十代半ばのハズおじいちゃん

 

 

 

いわゆる

学徒動員と言うことでしょう学校

 

 

 

 

学生でありながら

 

 

 

学業に専念できずに

 

 

 

戦争のために動員されるなんて。

 

 

 

 

 

学生の皆さん。

 

 

 

勉強に専念できるのって

ありがたいことなんですよ。

 

 

 

平和である証拠です。

 

 

 

 

当時の義父は

何を思っていたのだろう。

 

 

 

その辺を聞きたかったけど

 

 

 

この造船所の話を

全くしなかったということは

そういうことだろう。

 

 

 

学生が

学業に専念できる日々が

永遠に続きますように。

 

 

 

 

その願いが叶って欲しい思った

 

 

 

 

終戦記念日でした。