私がボストンからロサンゼルスに引っ越してきて、まず最初に気づいたのがアジア人の多さでした。
ボストンは大学街なのでアメリカの他の地域よりはずっとアジア人の比率が高いのですが、特に気づいたのが街中にいる人(郵便局の職員とか警察官とか)にもアジア系の人がけっこういて、なんとなく心が落ち着きました。
私はずっと自分の勤務地の近くに住んでいたので、日本人の人が多く住む地域には娘が日本語補習校に通い出すまでほとんど縁がありませんでした。もともと運転が苦手なのでフリーウエイを30分以上走らなくてはいけないのは私にとっては苦痛でした。
それはさておき、私たち家族が今、住んでいる地域は圧倒的に白人が多いです。娘は大学附属の小学校に通いました。この学校は人種比率をなるべくロサンゼルス学校区の比率に合わせていたので人種的にはかなり多様な人たちが集まっていましたが、それでも他の地域よりは白人が多かったと思います。それよりも3年生の時に一度、通った公立小学校は本当に白人比率が高く、娘は初日にびっくりしたそうです。というのも私たちが住んでいたアパートには同年代の女の子が3人いて、アフリカ系(黒人)、ヨーロッパ系(白人)と日本人の3家族だったので、同じような感じの人種構成だと勝手に思っていたようです。その小学校でアフリカ系の家族はアパートの隣人家族を含めて5家族くらいでした。アジア系も娘の他には同じクラスにはひとりだけ、もうひとつのクラスにもいたかどうかわかりません。そこで何人かのお友達(全員白人)ができてよく遊んだのですが、1年しか通わなかったこともあり、連絡が途絶えてしまいました。
ただその小学校に娘がプリスクールで一緒だった女の子がいました。その子の家族と、数年後にバレエスタジオで再会したのですが、その子から他の女の子も同じ小学校で、娘と同い年だと教えてもらいました。その子は一度、娘がその小学校にいた時にハロウィンを一緒にしたことがあり、お母さんの顔はなんとなく覚えていました。その子もずっとバレエを続けていたようですが、娘はクラスも違ったし、まったく接点がなかったようです。
そして先週の土曜日の高校を卒業するシニアがソロで踊れるリサイタルのあと、ひとりの長身イケメンの男の子がリサイタルのあとで娘に向かって「パフォーマンス よかったよ〜」と声をかけてくれました。
娘に「知り合い?」と聞くと「NO〜」という返事。「もしかして高校の後輩かな。あんな顔の子がいたような気もする」と言いました。その後、よく考えてみて、1年だけ通った公立小学校にいたずっとバレエを続けていた女の子の弟じゃないかという話になりました。娘はその当時からほとんど顔も変わっていないし、リサイタルのプログラムに名前が載っていたから、その男の子は娘が誰だかわかっていて、声をかけてくれたんだと思います。
他の子も小学校から高校にかけての変貌がすごくて、他の人種の人からしたら「アジア人ってどうしてこんなに変わらないんだろう」と思われているかもしれませんね。
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