先ほど(日本時間では昨夜)私が勤務していた大学の卒業式にできる限り 出席していたという記事を書きました。

 

 

実は私が卒業式に出席し続けていた理由のひとつは前に書いたように教え子のご両親にお子さんが「どれだけがんばったか」を教員として話してあげたいこと、もし家族が少なくて寂しそうな顔をしている学生がいたら、一緒に写真を撮ってあげようという気持ちがあったからでした。

 

最初に私が自分の勤務大学の卒業式に出たのは赴任した翌年でした。もう亡くなった私の上司が「〇〇さん、卒業式に出ましょう。ガウンを持ってる? 持ってなかったら注文すれば貸してくれるわよ。私たち小柄だから先に注文しておかないと当日、あまってるのはブカブカでひきずっちゃうわよ。」と言ってくれました。

 

実は私は自分の卒業大学からガウンを買って(というかいただいて)いました。

私は教育学部の大学院を卒業したので、大学院の学費の一部として卒業式の費用も含まれた上での奨学金(助成金)に申し込むことができました。私はあまり意識せずにそのパッケージで助成金を申請したので、博士号取得と同時にこのガウンとキャップも自分用にもらえたわけです。

 

この時、気づいたのが、私の学部の教授のほとんどは、自分のガウンを持っていないことでした。驚いたことに学部長やDEANもレンタルのガウンを着ていました。数年後に学部長になった教授が借りもののガウンで、なんの役職もない私が自前のガウンなのを見て「それはどこの大学のガウン? スタンフォード?」と聞いたことがありました。その教授はハーバード大学の教授で私の真っ赤なガウンより暗い赤(クレムゾンレッド)のガウンを着ていました。自分の母校(ハーバード)ではないことはエンブレムを見てわかったのですが、他に赤のガウンと言えばスタンフォード大学かな、と思ったのでしょう。

 

そんな会話をしてから、数年後、この教授はDEANになり、毎年卒業式に出て、学生と一緒に写真を撮るので、自分のガウンを注文したそうです。自前のガウンの色は、私のガウンの色にそっくりで、レンタルのものよりずっと質もいいので見栄えもとてもよかったです。

 

大学院を卒業した後に自分の母校のマークが入ったガウンを着るのは特別な意味があると私はずっと思ってきました。卒業式の時にしか会わない別の学部の教授ともガウンの色やマークから話がはずむこともあります。

 

そして自分のガウンを持っていて本当によかったと思うのは、レンタルではないので、ガウンを着たまま外に出て行って学生や家族と写真が撮れることです。以前は式の前におこなわれる学部のレセプション(パーティ)に出て一緒に写真を撮ったこともありました。これはとても貴重な写真として残っているんですが、ちょっとした問題があり、コロナ後は式の前には学生と一緒にガウンを着て写真を撮らないことにしていました。ガウンを着て外で写真を撮る時、私の赤いガウンはひときわ目立つので、いつも学生が簡単に探してくれます。

 

そして昨日、最後の卒業式に参加して、もう一つ 私が卒業式に参加し続けたことへの意味があるので、また次に書きます。長くなってすみません(続く)

 

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