連日 アメトピに記事を掲載していただいています。
「生き生きと楽しそうな娘の大学受験」という記事では、娘がアメリカの大学受験に必須のエッセイ(小作文)を書くのが好きだということを書きました。ただ娘は自分が書いたものを人に評価されるのが極端に嫌い。つまり誰かに批判されたり、自分の考えというか世界観を否定されるのが嫌なんですね。だからこそ、私のような過干渉気味で、『評価のプロ』と言ったらなんですけど、教員という仕事は常に学生を評価しているから、ついつい口出ししちゃう母親の元でも自分らしさをキープできたんでしょうね。
ただ娘の欠点は、自分でもエッセイに書いていましたが、アイデアがあふれすぎてまとめきれない、なんか「未完の大作」のさわりの部分で終わっているものが多いらしいです。私の学生もそうなんですが、途中でもいいから他人に見せてフィードバックをもらった方がいいのに、最後の最後(締切の数分前とか)に見せるんですよね。途中の過程を知らせたくないのかな。それは自信のなさの表れでもあり、途中で他人に何かを言われてブレたくないのかもしれまんね。
数年前に娘は、ある授業の最終プロジェクトで他の人とはまったく違う作品を作りました。その独創性には感動したのですが、結局ほとんどできないままにあきらめようとしていたので、夫と私で「そんな中途半端なことをしてはダメ。あきらめないで全部作れ」と叱責しました。娘は泣きながら「先生は途中まででいいって言ったもん」というのですが、無理やり徹夜で完成させました。結果的には締め切りは数週間後でも、他の授業の期末試験などがあり、そのプロジェクトにかける時間もなかったので、やっておいてよかったと思います。
だからと言ってそこから何かを学び、早めに作品を作ろうとか必死になっていいものを作り出そうという情熱はないようで、あくまでも「マイペース」な娘です。
何かをするのに自分が考えているより時間がかかってしまうのは、性質的なものもあるとは思いますが、二言語(バイリンガル)環境で育っているというのもあるのかなと思うことがあります。
さて高校最終学年に入った娘。そして日本への進学を希望している娘にとってはアメリカで過ごす最後の年になるかもしれません。
今までずっと「英語」による教育と評価を受け続けてきたわけですが、これからは「日本語」と「英語」どちらでも教育が受けられ、情報が送受信できる世界にいけるのでしょうか。それこそが娘の理想郷だと思います。
ランキングに参加しています
上のアイコンをクリックして応援してください!