バイリンガルの子が思春期になって、親の言語で話さなくなるのには、反抗期だから何語であっても話したくないという理由以外にその子自身の言語能力が伸びて行っていないという理由がある、ということを前に書きました(その記事はこちら)
例えば、アメリカに住んでいる日本語と英語のバイリンガル話者の、両親の一人が英語母語話者で、もう一人が日本語母語話者の場合、英語母語話者の親とはよく話すのに、日本語母語話者の親とは話さない、またはどちらの親とも英語で話す場合は、日本語能力がその子の認知能力(知能レベル)に追いついていないことが考えられます。
特に抽象概念を習い始める10歳以降に、自分の考えや抽象的なことを説明するには、相当の語彙力に加え、文を統語する力(つまり文法力)が必要になります。
また「反抗期」と言われる時期は、「大人になろうとしてもがいている時期」と言われていることからもわかるように、「子供っぽさ」「できないこと」を自分の中から排除していこうとしています。そんな時期に「できないこと」「子供の時にはできたのに衰えて行った能力」は、自分にとっての汚点と感じられます。
それが、バイリンガルの子供にとっては、弱い方の言語だったり、2言語を使用していることだったりします。
前回と前々回に、2人の子の例を書きましたが、他にもたくさんのお子さんの例を見て、バイリンガルの子の成長過程には、モノリンガルの子とはまた違った「反抗期の時の親との関わり」があるように思えてきました。
バイリンガルの子は、言語・文化のチャンネルが多い分、ただ「親とは話さない」「親に反抗的な態度をとる」だけでなく「親が話す言語」「親が継承している文化」を否定することもあります。
本当に無責任で個人的な意見ですが、反抗期に 子供が自分の「バイリンガル性」を否定し、一つの言語だけを話したり、親の言語・文化を継承したくないと言っても、それは一時的なことだと信じて、長い目で見守る、というのも大事なように思います。
「言語の選択」を「自己表現の一つ」と捉えれば、「髪を金髪にする」「特定のファッションに傾倒する」と同じような現象で、一過性のものだと考えられます。
私はそういう時期を経て、親とぶつかりながらも、大人になってから(というか大学生になってから)、親の母語を習い始めて高度なバイリンガルになった人をたくさん見ていますし、そういう学生が「あの時期(親に反抗して、第2言語を否定していた間)は、自分の成長にとって大切だった」と言っているのを聞いたこともあります。
そうは言っても自分の子供が、親に英語しか話さなくなったら...私も夫もそんな日が来ないと、今は信じていますが、どうなんでしょうね〜。