エイリアンと倫理の話
今日は終戦記念日である。時々、思っていたこと。
過去の宇宙人の映画では好戦的に描かれていることが多い。彼らは侵略目的で地球にやって来ているのである。これは本当にそうなのか?と言う話。
第二次世界大戦以後、今でも世界各地で紛争や戦争が絶えない。しかし、戦争にも一定のルールがあるようには見える。例えば通常兵器のみで戦い、核兵器を使わないなどである。現代社会で核兵器を使う可能性がある国はおそらくイスラエルだけだと思う。
第二次世界大戦のドイツ各地の空襲では、イギリスとアメリカでは明確に戦略的相違があった。イギリスは夜間の無差別爆撃を行い、アメリは昼間に高度な爆撃照準器を用いた視認による精密爆撃を行っている。倫理的なものを考慮してアメリカは爆撃対象を工場、発電所、油田などのインフラに絞っていたのである。
アメリカも日本との戦争では時間が経つと一般市民への無差別爆撃や原爆投下を行っている。戦争に倫理的なものを見出すとすれば、そのような配慮をしていると言ったところだと思う。
歴史的には、戦争も次第に倫理的なルールが発展してきたように見える。大昔の戦争は、かなり悲惨だったからである。例を挙げると13世紀のバグダードの戦い。
本当に、当時のモンゴルは野蛮な国だったと思う。
遠い未来、地球人が太陽系外の宇宙旅行ができるようになった時、ある惑星の知的生命体に対して破壊的、侵略的に接するだろうか?と言う疑問はある。
平和とか倫理などの概念が発達しないようでは、太陽系以外の宇宙旅行が可能になる高度な文明まで発達しえないような気がするからである。
逆に言えば、平和とか倫理などの概念がない知的生命体は、宇宙旅行が出来るレベルまでに至らず、倫理的なルールのない大戦争で滅んでしまうだろう。
これは宇宙人が地球に到達していた?としても、その気配が全くなく、地球人が侵略された歴史が皆無なのがそれを暗示していると思う。