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インターネットとスマホ普及による医療への影響について

インターネットやスマホの普及により、患者さんは病院・クリニックの評判や、自分の診断を詳しく検索できるようになった。また、処方されている薬に効能効果や、副作用なども簡単に調べられる時代になっている。

 

今回はこれら患者さん側のインターネット・スマホの普及の影響ではなく、医療者側、特に医師側への功罪について。雑談的な話も交えながら。

 

現在、医師を含め医療従事者は著しく都市部に偏在し、過疎地域には碌に人が集まらなくなった。地方では医師不足で閉院になりかねない総合病院が普通にある。

 

先日、土曜日の午後だったが、偶然、一番の繁華街で大学時代の友人に会った。その友人は、そこまで親しくはなかったが、面白い人だったので大学時代は話すことがある人だった。

 

医学部は同じ学年の入学生が非常に多いとは言えないが、それでも在学中にほとんど話すことがない人がいる。特に語学のクラスが違うとあまり知らないことも良くあるのである。その人は同じフランス語クラスだったので、話すことがまだある方だった。最も良く知っている同級生たちは、解剖やポリクリの同じグループだと思う。以下は過去ログから。

 

 

抜粋

大学にもなぜかクラスがあり、2組に分かれており一応コンパなどもクラス単位でやっていた。それと別に語学のクラスがあり、これは形だけ3クラスに分かれていたが、たまにクラス単位で忘年会などをやっていたように思うがあまり記憶にない。また、実習やポリクリの5~6人のグループもあり、よく解剖学実習やポリクリの区切りに飲み会に行ったものだ。この辺りは競争意識が乏しく、むしろ戦友みたいなものだった。

 

その土曜日に友人に会った時、多分間違いないと思ったが、急に名前を思い出せず「〇〇です!」と、こちらから名前を言った。その友人がこちらを見て「あ〜あ〜」と言った瞬間、僕は彼の名前を思い出し呼びかけた。

 

彼に今どのようにしているか聴くと、かなりの僻地の総合病院で麻酔医として働いていると言う。過疎地で麻酔医がいないと手術が出来ないので、彼はその地域の医療インフラにかなり貢献していると言える。いつも病院の宿舎にいて、週末は自宅に戻って来るようだった。僕は彼に「〇〇市の医療に大きく貢献してますよ!」と賞賛したのである。

 

このように街中で昔の友人に会うことがここ2週間で2回もあった。いずれも同窓会にほとんど来ない友人なので、かなり久しぶりに会ったことになる。しかし、僕は2人とも一瞬で昔の友人とわかった。どうも多少面影があるくらいですぐに判別出来るようなのである。もしかしたら、いつも表情を観察する仕事なので、顔の加齢による変化の範囲もよくわかるのかもしれない。

 

昔、医局時代、医局を通さず勝手にアルバイトに行ってはならないと言われていた。これは、何のことかわからないと思うので少し説明すると、当直や休日のアルバイト先は、基本医局を通して個々の医局員に割り当てられる感じなのである。

 

当時、都市を離れた地域では当直医がかなり不足しており、交代で夜間当直に行った病院の当直室に事務長が訪れ、今後毎週か2週間ごとに当直に来て欲しいと言われることが何度かあった。そう言う時代であった。

 

つまり精神科病院には医局と繋がりが大きい病院とそうでない病院があり、医局と繋がりがない病院は常時、夜間の当直医が不足していた。そのような病院は敷地内に院長の自宅があり毎日が自宅当直だった。携帯電話もない時代、これだと夜に外食にも出られない。まして海外旅行など絶望的に無理であった。大きな何百床の精神科病院で、なんと実質2名か1名半の精神科医で?やりくりしているのである。2名だが、1名だけ精神科医でもう1人は高齢の内科医というケースもあった。

 

僕は夜間当直中に院長と事務長がやってきて頼まれ、あまりに気の毒だったので受けたところ、女性の医局長に速やかにバレてしまい注意されたが、今後行くなとまでは言われなかった。どうもスポット的に他の医師の交代で当直に行くのは良いが、毎週火曜日とか定期的に行くアルバイトは医局の許可が必要なのをその時に初めて知った。

 

夜間当直は距離的に限度がある。朝起きて大学で仕事が始まるまでに時間的に帰って来れないような病院は、当直に行けないからである。極端な過疎地は、精神科の常勤医師を集めないとやっていけないと言える。

 

当時は携帯電話もインターネットもなく、情報収集すると言ってもかなり制約があった。平日の夜間当直や休日の日勤も自分1人では見つけることが難しい時代であった。医局中心に病院への派遣を決定していた。現在は医師の派遣会社がいくつかあり、病院が依頼すれば当直医師がそれこそ県外からでも来てくれる。逆に真にフリーの医師でも仕事や収入に困らない時代である。

 

僕が卒業当時、精神科を選び医局に入らない選択肢も僅かにあったが、かなり異端と言えた。それでも精神保健指定医の資格がまだない時代だったので、今から考えるとまだその選択肢も可能だったと言える。

 

当時、県外から医学部に入学した学生は、卒業の際に大きく3つの選択肢があった。1つ目がその医学部に医局に残りその県でキャリア積む。2つ目は出身地に戻ってその都道府県の大学医局に戻りキャリアを積む。3つ目はそれ以外である。

 

それ以外とは、魅力のある大学医局や国公立の大きな精神科病院に入ることである。これは当時ホームページがない時代だったので、色々調べる必要があり、気合いの入っている学生は卒業までに見学にも行っていた。当時は、情報収集に長けた人しかできないことだったと思う。

 

この辺りのハードルが今は断然低くなった。

 

今の研修医制度(初期臨床研修制度)は大学卒業直後に、一旦、あるいは永久に大学を離れる制度なので、卒業生が地元大学医局に良くも悪くも縛られることがなくなった。もちろん昔も厳密には縛られてはいなかったが、外に出て行くことはそれなりにストレスなのである。僕が他県からの入学生なのに、卒業大学に残った理由の1つはそれである。他の理由は大都市で生活するのはそこまで好きではない上、出身県より大学のある県の方がかなり魅力的と言うのがあった。

 

少なくとも、僕は地方都市でキャリアを積んだことを後悔していない。

 

今の時期研修医制度の目的は色々あるが、1つは医師が専門バカではなく、総合診療医的なスキルも身につけてほしいのがあったと思う(医師として必要な基本的な診療能力(プライマリ・ケア)を身につけること)。

 

厚生労働省に医局の力を弱めたいと言う目的があったのかはわからない。総合診療医は僻地医療にいれば有用な専門医師である。しかし研修医制度は思わぬところに影響し、人口減少が進む地方の医療が崩壊しかねない事態になった。このようなことはこの制度を考えた時には予想していなかったのでは?と思う。これは、かつて僕が思っていたことである。

 

しかし今となっては研修医制度があろうがなかろうが、これだけインターネットやスマホが進化すれば、現在の医療状況は大きな差がなかったのでは?と思う。

 

今の研修医制度発足後、インターネットの発達もあり、医師の医学部卒後の流動性が圧倒的に増したのである。流動性が増せば、医師が大都市に集まるのはやむを得ない。

 

地方都市は、同じ時間を費やすのに、エンターテイメントの選択肢が少なすぎると言うのがある。また、それは実際に体験しないとわかりにくいと言うこともあるのである。

 

現在の地方の医療崩壊は、皮肉にもインターネットやスマホの普及が促進したと言えると思う。