
家の中がゴミ屋敷でも仕事や遊びにはきちんとして出かけるメカニズム
今日は上の記事の続きである。
ある時、診察の話である患者さんから家の中が散らかりまくり、ゴミ屋敷状態になっていると言う話を聴いた。しかし仕事には遅刻せず、きちんと身だしなみを整えていると言うのである。
このように気が緩む場面では、片付けなども含め綺麗に整理整頓出来ないが、仕事の場面では全く周囲に気付かれないほどに振る舞える人がいる。
これはその人にとって仕事が特殊な環境であることがうかがえる。
そもそも仕事が楽しくてたまらないなんて、伝統的な日本社会ではあまりない話だと思う。
だから本人にとって楽しくなくきついと思う職場あればあるほど、脳内にノルアドレナリンが出る環境になる。このノルアドレナリンがなんとか仕事を最後まで全うできる源泉の1つだと思う。だからこそ、嫌で嫌でたまらない気持ちで出勤しても、なんとかその日の仕事を問題なく終えられる。
一方、うつ気味の人はなんとか家にたどり着くと、たちまちノルアドレナリンが不足する状況になり、その日の疲れが一度にどっと出る。疲労困憊である。
日々、その繰り返しである。
職場環境では、ドパミンが出る瞬間などほとんどないのがポイントである。つまりとても楽しく脳が喜ぶ場面がない。
家に帰って、ゲームをしたり、SNSに書き込みをしたり、あるいはぼんやりYouTubeを見たりする時間は、その人の脳が渇望しているドパミンがなにがしか得られるので、問題なくできる。
部屋を片付け整理整頓することは,鬱陶しくなかなかスタートできない。つまり整理整頓はその人にはドパミンが出る要素がない。
このような理由で、ゴミ屋敷の中でゲームやSNSをしていると言う光景が生じる。簡単に言えば、好きなことは出来るといったところである。
このようなこと考えていくと、人間にとって「出勤して仕事をすること」は社会的規範であり、外部からの強制力を持つルールであることがわかる。これは脳に刷り込まれているのである。
部屋がゴミ屋敷になっても、その中でゲームをしたり、SNSなどへの投稿は普通にしているのは、ある種の脳への補給行為である。それにより、その人はなんとかバランスを取っている。
このようなバランスを取る行動は、人によればフィギュアを集めたりといった趣味なども含まれる。
このようにバランスを取る行動の中で、「甘いもの」の渇望は重要だと思う。これは過食ではなく具体的に「甘いもの」である。実際、過食では食パンとかキャベツなど、甘いものとは言い難い食物を大量に摂る人もおり、この2つは異なる行動に見える。
甘いものは、それを渇望している時に食べることで、ドパミンが脳内から放出されるのであろう。
今日の記事はASD、ADHDのテーマに入れているが便宜的なものだ。
臨床医は、その人が診断基準的に厳密にADHDかどうかはあまり重視していない。こう言う症状はADHDにありがちだが、そうでない人もこの症状が診られることがあるよね、と言ったスタンスである。
そのようなことから、僕は「片付けが苦手」というのは考え方はしない。
参考
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