救急車で搬送されてきた高校生(4) | kyupinの日記 気が向けば更新

救急車で搬送されてきた高校生(4)

救急車で搬送されてきた高校生(3)の続き。

 

大学1年生の夏を過ぎると更に症状が軽くなった。「たまに不安感が出る」くらいらしい。本人は薬は今の半分で良いと言うため、アナフラニール10㎎、レニベース2.5㎎程度の処方になった。

 

今回の記事だが、患者さんの名前さえ思い出せないでいた。ある日、僕は外来婦長(師長)に「いつだったか、外来で診ていた進学校に通っていた女子高生の名前覚えていませんか?」聴いたのである。

 

すると「あのとても綺麗になられたお嬢さんでしょう?」と言い、彼女はカルテ庫に探しに行き、まさにその人のカルテを持ってきてくれたのである。凄い記憶力だと思う。

 

僕は「レニベースを処方した女性患者さん」ぐらいしか記憶に残っていなかった。これではカルテを探しようがない。当時の外来婦長(師長)の話は過去ログにもある。

 

 

大学1年の年末頃には、恐怖感などほぼ消退し、健康な大学生とほぼ差がないほどに回復した。相違は服薬していることだけだった。2年生になると複数のサークル活動に加えアルバイトもしているという。

 

アルバイトの内容を聴くと、コンビニやマクドナルドのドライブスルーの受付をしているというので、かなりレベルが高いと思った。このアルバイトの話は最近の記事にもある。

 

 

このような仕事が支障なくできているため、彼女はASDやADHDっぽくないと言える。(交友関係の人さやアルバイトの内容)

 

2年生の中頃から、ほとんど薬を服薬しなくなったようで、半年くらい受診がないこともあった。従ってカルテの記事数が少ない。たまに来たら詳細に症状を聴くと言った感じである。当時、自動車学校で免許を取っているので、彼女は服薬していることを気にしたのかもしれない。

 

彼女は試験は無難に合格し、高校時代の不登校だった時期とは様変わりしていた。3年生の終わり頃、友人と海外旅行もしている。

 

たまに数か月ごとの再診は、もう挨拶くらいになっていたが、いつも薬だけは持って帰っていたので、お守り代わりに飲んでいた感じだと思う。

 

4年生時の就職活動は大都市のIT企業にしたようだが、前回のような懸念はあるが、おそらく受け入られないだろうし、既にあまり服薬の意味も必要性もないくらいなので強く止めはしなかった。

 

就職で転居した後は、たまに挨拶に来てくださいといった感じである。

 

この経過を診ていくと、タイトルの「NO FATE」のように、「運命なんて決まっていない」と言うのが良くわかる。

 

この「NO FATE」は、ターミネーター2という映画で、核戦争の悪夢を見たサラ・コナーがテーブルにナイフで書きこんだ映像である。サラは核戦争の未来を変えるために、サイバーダイン社に特攻する決意の直前に書き込んだのである。

 

余談だが、ターミネーター2はアーノルド・シュワルツェネッガーが演じるT‐800と悪役のT-1000の戦いが凄かった。特にT-1000の性能(液体金属のターミネーター)。この映画では、アクション場面も素晴らしいが、アメリカの警察病院(精神科病院)の中の様子も見ることができ、個人的にかなり好きな映画である。

 

今回の一連の記事は、久しぶりだったこともあり、波乱万丈の内容かも?と思った人もいたかもしれない。皆が期待したよりずっと普通の平凡な経過だと思う。

 

しかし重要なことを1つ。

操作的診断法は結局はアルゴリズム的な診断法であり、極端なことを言えば、本人を診なくても、このような文章だけでほぼ診断が可能である。しかしそれは必ずしも正しいとは限らないのである。

 

精神科医が患者さんを診察する時、ノンバーバルな精神所見を把握、理解し、治療の方針を立てることが重要だと思う。

 

つまり本人をまず仔細に診ることである。

 

この一連の記事はこれで終わりだが、いつかスピンオフ的な記事をアップするかもしれない。