精神疾患における非日常の考え方(12) | kyupinの日記 気が向けば更新

精神疾患における非日常の考え方(12)

今回は「ダウン症候群の青年期における退行現象(11)」の続き。なんと2011年11月17日以来で今回が最終回である。

まとめの記事は長くなりそうだったし面倒なので放置していた。よく過去ログを読んでいる人は、前回までの11個の記事でどのようなことを言いたいのかわかると思う。

今日のエントリは前半と後半に分かれており、今回、前半のみ(12)として公開し、後半の(13)は完成しているがアップせずボツ原稿とした。いつかひょっとしたらアップするかもしれない。

一般に、精神疾患は「非日常」の環境では病状が改善する。例えば極端な状況を挙げると、

「戦争の勃発直後は、神経症、精神病状態、うつ状態のいずれも改善傾向になる」(ただ、統合失調症の急性期の興奮状態ではかえって悪化する人もいそうである)

1990年8月2日イラクがクエートを占領した後、1991年1月17日、大方の軍事アナリストの予想を裏切り、多国籍軍がイラクの首都バクダッドを空爆した。その翌日の朝刊は、

バクダッド空襲

の大きな文字が各紙の1面を飾った。当時はまだ空爆より空襲と言う言葉が使われていた。戦争が始まった直後は、当事者もそうではない人も、気分の高揚が生じる。これが「非日常」の精神への影響である。北杜夫氏の私小説でも、太平洋戦争開始を告げるラジオ放送に「物凄い気分の高揚を感じた」という内容の記載が出てくる。(叔父が駆けつけてきて教えてくれた、という経緯だったかもしれない。)

ジョージ・ソロスのオヤジさんが全く気力がなく、日々嫌々仕事をしていたのに、急によみがえったように動けるようになったのは、上と同じメカニズムによる。

日本に「三年寝太郎 」という民話があるが、これも戦争ではないものの、非日常の状況で生まれ変わったようになる話である。この民話には、各地に種々のバリエーションがあり、解釈も異なるものがあるが、簡単に言えば上のソロスのオヤジさんと同じである。

たぶん三年寝太郎が長いこと高尚なことを考えていたからできたのではなく、彼はそういう人物だったのである。

過去ログではまた、「放浪は器質性所見である」という記事もある。これは、普段と全く異なる環境に飛び込むことにより、気分の高揚が生じ現実感が出てくることで「自己治療しようとしている」ものと思われる。これは意図的に、あるいは意識してやっているようには見えない。

また過去ログでは、統合失調症の人たちでは骨折などの身体的な疾病が合併すると、精神症状が改善するという記事も出てくる。これも彼らにとって非日常(骨折)が精神には好影響を与えるのである。

妊娠も女性にとって、それに類似する非日常であるが、これは胎盤由来のエストロゲンの上昇も関係していると言われる。たぶん、妊娠に限らず「非日常における精神症状の変化」は体の中のステロイドの変化も影響していると思われる。

非日常の環境は、例えば短期間の海外旅行や海外での1年程度の滞在時にも起こる。過去ログで出てくる「彼女は最初うつで初診している」の一連のエントリの女性は、海外滞在中は支障なく過ごせたらしい。彼女は帰国後、精神症状が悪化したのである。

その意味では、海外滞在のような非日常は精神疾患においてはモラトリアムであり、帰国はそのモラトリアムを解消する事件である。そのような経過で帰国の際に精神症状の悪化が生じやすい。

そのように考えると、海外での長期滞在中に精神病状態が悪化することも理解しやすい。あれはいわゆるガス欠状態である。

人間はいつまでも早足では走り続けられないから。

(前半終わり)