【ココロと友達】大人の自己肯定感を育てる専門家かとちゃん

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うつや病気で休職3回を経験。今は心理カウンセラーとして優雅に生きるかとちゃんが、「自己肯定感の育てかた」をお伝えしています。


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「他人に期待しない」

と本に書いてあったのですが、
どういう意味か
教えてほしい、

と、かなり長文の
ご質問メールをいただいたので、
お答えします。



「期待しない」

って言うと、

相手に何も望まないとか、
あきらめるとか、
どうでもいいと思うとか、

なんだか冷たい感じが
しますよね。

でも、

そこで書かれている
「期待しない」は、

そういうことでは
ないんだろうなと思います。
(読んでないので知らんけどね)

その「期待しない」は

「相手を、
 自分の思い通りに
 しようとしない」

ということだと思います。



「こうしてほしい」

「こうなってほしい」

「これくらい
 やってくれるはず」

そう思うこと自体は、
別に悪くありません。

人間なんだから、
そりゃ思います。

ただ、
それを相手に求めて、

「なんでしてくれないの!」

となったとき、

期待は、

相手を「コントロール」するものに
変わります。

この2つの違い、
伝わりますかね。




期待しないとは、

何も望まないことではない。

「こうしてくれたら嬉しい」
「こうなったらいいな」

とは思っていい。

ただ、

「相手がどうするかは、
 相手の選択」

私は私。

相手は相手。

この線が守れていない「期待」は

「侵略」であり
「強制」であり
「攻撃」にまで
 転じてしまっていますよね。

これをその本は
「期待するな」
って書いてあるのだと思います。


この線を守ることが、
相手と自分を「尊重する」ということ。


相手の人生まで
自分の思い通りにしようとしない。

それが、
「期待しない」ということ。


そして、
それができたときはじめて
その相手の可能性を信じる

「本当の期待」

ができるのだと思いますよ(^ω^)
 

 

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ボクには

眉間に二本、

深い深いシワがある。


先日、自分の写真を見て

「まだあるなー」

と思った。


このシワは、

シンドい身体を引きずって、


いつも難しい顔をして、


「自分は正しい」を

振りかざして、


ただただ、

がんばるしかないと信じて

生きていた頃の自分の


その想いが

身体に刻まれたもの。



 

いつからあるんだろう?

と思って、

昔の写真を漁ってみた。


小学生の頃には、ない。


中学生の頃には、

もう、ある(笑)


思えばその頃から、

ずっとシンドかった。


不安だったり、

腹を立てていたり、

何かを必死に考えていたり。

いつも眉間に力を入れて、


難しい顔をして生きていた

気がする。


それが何十年も積み重なって、

二本のシワになったんだろう。


身体って、

ちゃんと人生を記憶している。



今は昔より、

ずいぶん楽に生きている。


難しい顔をしている時間も、

ほとんどない生活。

よくここまで来た。


でも、

眉間のシワは消えない(笑)


前は、

このシワがイヤだった。


「顔が怖い」と

言われたことも何度もある。


でも最近は、

このシワも悪くないな、

と思うようになった。


これは、

あの頃のボクが


シンドいながらも、

一生懸命生きてきた証だから。


そう想いながら

眉間を なでなでしていたら、


じんわり涙が出た。


シンドさの記憶だったシワが、


人生の味に、

変わった気がした。


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「あのとき、
 なんであんなことしたんだろう」

「もっとちゃんと
 できたはずなのに」

「自分は本当にダメだな」

そんなふうに、
昔の自分を
ずっと責めている人がいます。

でもさ、
他人のことなら、

「そのときは余裕なかったんだよ」
「あの状況だったら仕方なかったよ」
「そこまで追い詰められてたら
 誰だってそうなるよ」

って、
けっこう事情を
くんであげられたりします。

なのに、
自分のことになると、

いきなり即、有罪(笑)



でも、
あのときの自分には、
あのときの事情があったんです。

怖かった。
余裕がなかった。
知らなかった。
必死だった。
それしか方法を
 思いつかなかった。


今なら、
「こうすればよかった」と
わかることもある。

でも、
当時の自分には、
まだわからなかったのだから

昔の自分を
裁く必要も、
正当化する必要もない。

ただ、
「あのときには、
 あのときの事情があった」
とだけ見てあげればいい。



裁判だって、

事情を見て、
刑を軽くすることがあります。

それが、

「情状酌量」

だったら、

自分にも
してあげたらいい。

「あのときは、
 あれが精一杯だったよな」

って。

反省することと、

ずっと自分を
責め続けることは、

まったく別です。

そろそろ自分にも、
情状酌量してあげましょう。

アナタの中の裁判官は
きっと人情派です(^ω^)

 

 

 

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