「奇跡の脳」。右脳は「今、私は満ち足りていて周りとの境目がない」という楽観的な人格だった。
クミシュラン 皆川公美子です。
自分が書いたものながら、
チャネリング状態で書くので、あとで読んで
ひとごとみたいに、へ~~ってなっちゃう私です。
自分が読みたくなったので、もう一度掲載(笑)
2014年の8月に書いたものです。
・・・・・・・・・・・・・・
右脳と左脳って実は全然違う人格を持って、
全く違う角度でこの世とかかわっているんだよ
って言われたら、
まあ、そうだろうよと思いますか?
それとも一人の中に違う人格って何?
と思いますか?
「奇跡の脳」
ジル・ボルト・テイラー というアメリカの女性は、著名な脳科学者でありながら、
37歳という若さで脳卒中に倒れました。
自分が脳卒中を発症して、
倒れるときから、回復するまでを
つぶさに観察して1冊の本にまとめたのがこの著書です。
この本すごかった
。
自分が書いたものながら、
チャネリング状態で書くので、あとで読んで
ひとごとみたいに、へ~~ってなっちゃう私です。
自分が読みたくなったので、もう一度掲載(笑)

2014年の8月に書いたものです。
・・・・・・・・・・・・・・
右脳と左脳って実は全然違う人格を持って、
全く違う角度でこの世とかかわっているんだよ

って言われたら、
まあ、そうだろうよと思いますか?
それとも一人の中に違う人格って何?
と思いますか?
「奇跡の脳」
ジル・ボルト・テイラー というアメリカの女性は、著名な脳科学者でありながら、
37歳という若さで脳卒中に倒れました。
自分が脳卒中を発症して、
倒れるときから、回復するまでを
つぶさに観察して1冊の本にまとめたのがこの著書です。
この本すごかった
。脳科学者による、人生を賭けた壮大な人体実験。

(もちろん脳卒中は不幸な事故ですが)

彼女は左脳に脳卒中を起こしました。
ということは、世界を認識している能力の部分が失われ、
言語を司る部分が失われたということなので、
自分が誰で何をしている人なのか、相手が何を言っているのか、
自分が相手に何を伝えようとしているのか、
私たちが日常生活のなかで瞬時にやっている、論理的思考部分ができなくなってしまったのです。
けれど、それは同時に右脳が自分のなかでどういう働きをしているかを
端的に感じることができる環境に置かれた、ということでもありました。
運動の機能のリハビリがどうのこうの、とかそういう次元じゃありません。(笑)
右脳と左脳は異なるユニークな性格でお互いのびのびと相手を補い合っているというのです。
右脳は自分を、世界の一部分=流体 として感じている。(!!)
脳卒中を起こしたとき、壁についた手を見て、そのふたつは溶けて一緒になっているように見えたと言います。どこからが壁で、どこからが自分かわからなかったと。
左脳は自分が、どこに住んでいる誰かを認識して、
世界と自分の境界線を作っている。
以下、14章の「私の右脳と左脳」の章から少し抜粋です。
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右脳と左脳はそれぞれユニークな特徴をもっており、違ったやり方で情報を処理するわけですから、それが別々の価値体系となってあらわれ、結果的に非常に異なる人格が生じるのは、あたりまえかもしれません。
(中略)
ほとんどの人は、どちらか一方に考え方が偏り、常に分析し、批判的になり、柔軟さに賭けるパターン(極端な左脳状態)を示すか、あるいは、周囲とほとんど現実を分かち合うことなく、ほとんどの時間を「うわのそら」(極端な右脳状態)で過ごしています。
(中略)
右脳はすべて「いま、ここで」に関係しています。それは歯止めなく熱狂し、はねまわり、どうなろうと知ったこっちゃありません。よく微笑みやたらとフレンドリーです。
それに比べて、左脳は細部で頭が一杯で、分刻みのスケジュールで人生を突っ走ります。左脳はクソ真面目なのです。歯ぎしりしながら、過去に学んだことに基づいて決断を下します。一線を越えることなく、あらゆることを「正しい・間違っている」、あるいは「良い・悪い」で判断します。
右脳はとにかく、現在の瞬間の豊かさしか気にしません。それは人生と、自分にかかわるすべての人たち、そしてあらゆることへの感謝の気持ちでいっぱい。右脳は満ち足りて 情け深く、慈しみ深い上、いつまでも楽天的。右脳の人格にとっては、良い・悪い・正しい・間違いといった判断はありません。
これを右脳マインドと呼ぶことにしましょう。
(中略)
境界線についての知覚が全くないので、右脳マインドはこんなふうに言います。
「わたしはすべての一部。わたしたちは、この惑星上の兄弟姉妹。わたしたちは、この世界をもっと平和で温かい場所にするのを手伝っている」。右脳マインドは、生きとし生けるものがひとつに調和することを思い描きます。
そして、自分自身の中のこうした性格を、あなたにもっと知ってほしいと願っているのです。
(中略)
左脳の仕事は、右脳がもっている全エネルギーを受け取り、右脳がもっている現在の全情報を受け取り、右脳が感じているすばらしい可能性のすべてを受け取る責任を担い、それを実行可能な形にすること。
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ものすごい短くエッセンスのみ抜粋してますので、多少乱暴で申し訳ないのですが、
ここまでが右脳の左脳の働きについてのことです。
じゃあ、日常的に左脳と右脳をどうコントロールしていけば幸せになれるの?
と思われた、アナタ!鋭い!

その部分について著者が触れていることをさらに私の乱暴な抜粋で、ご紹介します。
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左脳の言語中枢が回復してふたたび機能し始めたので、わたしは長い時間をかけて、最小限の情報をもとに、どのようにして私の中の物語作家(注:左脳のことです)がハナシを完結させるのか観察してみました。長い間、自分の物語作家が妙な事ばかりするので、ふざけているんじゃないかと思っていました。ですがとうとう、左脳マインドは脳の残りの部分に、完成しつつある物語を信じさせようと心から願っていることに気づいたのです!
(中略)
わたしがあえて回復しないようにしたのは、自分や他人に対して意地悪になったり、絶え間なく不安になったり、あるいは、口汚くののしってしまうような左脳の一部でした。
(中略)
回復するまでに、頑固で傲慢で皮肉屋で、嫉妬深い性格が、傷ついた左脳の自我の中枢に存在することを知りました。エゴの心の部分には、わたしが痛手を負った負け犬になり、恨みがましくなり、嘘をつき、復讐さえしようとする力が残っていました。
だから、努力して、意識的にそういう古い回路の一部を蘇らせずに、左脳マインドの自我の中枢を回復させる道を選んだのです。
15章 自分で手綱を握る
わあしは、反応能力を、「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプラグラムが存在しますが、このプログラムの一つが誘発されて、化学物質が体内に満ちわたり、そして血流からその物質の痕跡が消えるまで、すべてが90秒以内に終わります。
たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から90秒以内に、怒りの化学的な成分は血液中からなくなり、自動的な反応は終わります。もし90秒を過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択をしたからです。
(中略)
ほとんどの人は、自分がどう反応するか、無意識のうちに選択していることに気づきません。
(中略)
そうした思考に飽きてきたら意識的に止められる、という能力をもっているんだと知ることが、解放感につながるのです。肉体や精神の環境がどうであれ、右脳の領域に踏み込んで、思考を現在の瞬間に引き戻し、平和と愛の心(右脳マインド)に戻れるということをを知っていれば、束縛から解放されます。
わたしはいつも、個人的判断を避けるという、右脳マインドの目を通して、周囲の状況を観察しています。そして、内なる喜びを大事にして、感情的な重荷を負わせる回路からなるべく離れるようにしています。
(中略)
いくら考えたって結果は同じなのです。(注:この前に著者がスピード違反で捕まったことが書かれています。)ぶっちゃけた話、左脳の物語作家がくれる、強迫観念なんて時間の無駄だし、感情面で人を消耗させるだけ。私は脳卒中のおかげで、自分で手綱を意義って、意識的に自分自身を現在に引き戻すことにより、過去の出来事を考えるのを止められると学んだのです。
第16章 細胞とさまざまな拡がりをもった回路
自分がおかれている状況に責任をとるため、わたしは自らを人生の運転席に座らせ、能力を思うままに操って人生の舵取りをします。危険なほど早く回転しているような世界の中で、自分の正気(平和な心)を保つために、右と左の心の関係を健全に保つよう、懸命な努力を続けています。(どちらの大脳半球で考えるかによって)わたしは宇宙と同じように大きくもあり、同時に、小さな星屑でもある。それがわかることが大好き。
(中略)
左脳マインドを回復させることは、わたしがふたたび、すべての細胞に発言権を与えることを意味していました。ですが健やかな精神を守るためには心の庭を育て、マイナス思考の細胞を見張っておく必要があるのです。物語作家には、わたしが望むこととゆるせないことについて、ちょっとしたしつけが必要です。(中略)望ましくなかったり、不適切な思考パターンんは、ほとんど付き合いませんでした。
そうは言っても、しつけに反応する物語作家の滑稽なふるまいには、思わず吹き出しそうになります。マイナス思考の細胞たちは幼い子供のようにわたしの言うことを聞かず、わたしがどれくらい本気なのか試そうとするのですから。(中略)そんな細胞の活動に対抗するため、意識を振り向けるべき三つのリストが必要に応じて用意してあります。
①魅惑的で、もっと深く考えを巡らせたいことを思い出す。
②ものすごく楽しいことを考える。
➂何かやりたいことを考える。
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このあと著者は、身体の調子が悪いときに限ってそういうマイナス思考の細胞たちが暴れだすと告白しています。
それは誰だって同じですね!
思い、はただの思いならず。
実は現実的なこの肉体が、引き起こしていることが多いです。
私も、たまにやってくる外的な攻撃(モノゴト)を引き金として、
マイナス思考の物語作家が生き生きと登場し、
90秒で終わるはずの怒りの物語に
半日以上を費やしてしまうことがあります

最後にこの本のなかで私が最も好きなところを。
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どんなときに、深い心の安らぎのループが働いているのかに気づくことができれば、その回路に意識的につなげることが容易になります。どんなときにこの回路が働いているのかわからず、悪戦苦闘している人もいるでしょう。その唯一の理由は、ほかの思考に心が向っているせいです。これは当然のことです。なぜなら、西洋の社会は左脳の「する」(doing)機能を、右脳の「ある」(being)機能よりずっと高く評価し、報酬を与えるものだから。あなたが右脳マインドの意識に近づくのが難しいのは、あなたが成長するあいだに「こうしなさい」と教えられたことを、実にうまく学んできたからに他なりません。細胞たちのこれまでの成功をほめてあげてください。そのうえで、わたしの仲のいい友人、カット・ドミンゴ博士が宣言しているように、
「悟りは、学ぶことではなく、学んだことを忘れること」
だと知りましょう。
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今日も「ただある、シアワセな私」を感じることができますように!
いや、ワタシの右脳の中の回路がスムーズでありますように、かな(笑)


最後にジル・ボルト・テイラー博士が脳卒中になった朝のことを語る映像の
URLを付けておきますね。
この本の前半部分が語られています。
http://digitalcast.jp/v/18436/
この記事を読んで右脳を思い切り開きたいなと思った方
私に会いにきてください

お話するのをとても楽しみにお待ちしています。

