クミシュラン 皆川公美子です。
【右脳アートツアーをやりたい】
アートを見る、というと「わからないから」 とか 「見方を教えて」
とおっしゃる方がとても多いです。
とおっしゃる方がとても多いです。
「これはなに?」
「なんのためにこんな絵を描くの?」
「これで何を表しているの?木の茂み?」
とか思っちゃいますよね。
「訳が分からない・・・・」とか。
(訳がわかりたいのは思考なので、その時点で感性は停止しています
)でも例えば見たことがないお料理がテーブルにでてきたとき
それが何の原材料からできてるか分からなくても
食べてみて
「あ~おいしい
幸せ~~~」ってなることもありますよね?
これは中国に伝わるレンコンの根っこを高地のがけからとってきて、
30日間天日に干して、
2時間蒸し、
やわらかくなったものをすりおろして
それにスープをまぜてすこしのばして
小麦粉をいれて団子にしたものでっす。
という説明は、あなたにとってどのくらい必要なデータですか?
(うちの夫はとてもうんちく好きなので、このデータは必要だと思われます
)絵画も同じです。
その作家がどこで生まれて、
どのように暮らし、
どんな青春時代を経て、
どのような職場や
どのような結婚を経て
今この絵を描いたのか。
それはもちろん知的好奇心を大いに満たすおもしろいものです。
ですが同時に鑑賞のチャンネルのひとつだと思うのです。
その絵画が社会的にどのような影響をもたらしたか、
だからオークションが今どのような状況になっているか、
言語化とものごとの座標を示す、左脳的な情報(乱暴な言い方でごめんなさい)
ばかりが、絵をみるものにとっての栄養でもないような・・・・
《大好きなザオ・ウーキーの絵。改装中のブリジストン美術館にあります》
私は「感性でうけとるアートツアー」を開催してみたいなあと思っています。
名付けて右脳アートツアー。
絵画には作家の意識が転写されているので、
そこからなにがし影響をうけます。
意識はエネルギーなので、見るものに働きかける力を持ってるの。
余談ですけどね、今日小笠原和葉さんのPBMで➡こちらをご覧ください
意識の実験をやりました。
それを何も知らない高校生の娘に帰ってから試してみたの。
もちろん娘にはいきさつに関して話しません。
まず娘に椅子に座ってもらい、後ろから両肩に手を置きます。
娘に意識を向けて、そのまま肩に手を置いておきます。
そして娘には「あ、軽くなったと思ったら教えて」と言っておくのです。
娘のほうに意識を向け続けます。
向け続けます
向け続けます。。。
しばらくして娘が「あ、軽くなったよ」と言う瞬間がありました。
それはワタシが娘に向いている意識を、
娘から離して、犬のテツの方に向けたときだったのです
来た
やっぱりだ
PBMで大人がやった実験は、その所以を何もしらない娘も感じることができました。
いっさいの予定調和のない状態で
この方の作品はものによっては刺激が強すぎて、
気分が悪くなってしまうときがあります。
もとい。
余談ですけどね、今日小笠原和葉さんのPBMで➡こちらをご覧ください
意識の実験をやりました。
それを何も知らない高校生の娘に帰ってから試してみたの。
もちろん娘にはいきさつに関して話しません。
まず娘に椅子に座ってもらい、後ろから両肩に手を置きます。
娘に意識を向けて、そのまま肩に手を置いておきます。
そして娘には「あ、軽くなったと思ったら教えて」と言っておくのです。
娘のほうに意識を向け続けます。
向け続けます
向け続けます。。。
しばらくして娘が「あ、軽くなったよ」と言う瞬間がありました。
それはワタシが娘に向いている意識を、
娘から離して、犬のテツの方に向けたときだったのです

来た
やっぱりだ
PBMで大人がやった実験は、その所以を何もしらない娘も感じることができました。
いっさいの予定調和のない状態で

《白髪一雄さんの作品 ロープにぶらさがって足に絵の具をつけて描く》
この方の作品はものによっては刺激が強すぎて、
気分が悪くなってしまうときがあります。
もとい。
だから絵をみたときに、
作家の意識の転写物である絵画から
なにがしかの影響を受けるのは当たり前のことなのです。
そこから来たなにがしかのエネルギーが自分に影響を及ぼしていて、
「そこにいる私」 は 「あ~さわやかな感じがする」とか
「あ~この人、意外にドロドロした人じゃないの?」とか感じるのですね。
ちなみに「他の作品に比べて赤が多用されている」
や 「構図に工夫がみられる」は
知識の裏付けがある分析=思考の部分でありますので、
感じる、こととは違います。
感じること。
感性でキャッチすること、ということの意味を分かっていただけるでしょうか。
画家や作家の影響の足跡や感触を、自分のなかからすくいあげること、
それが「感性」とか「インスピレーション」だと私は思うのです。
作家の意識の転写物である絵画から
なにがしかの影響を受けるのは当たり前のことなのです。
そこから来たなにがしかのエネルギーが自分に影響を及ぼしていて、
「そこにいる私」 は 「あ~さわやかな感じがする」とか
「あ~この人、意外にドロドロした人じゃないの?」とか感じるのですね。
ちなみに「他の作品に比べて赤が多用されている」
や 「構図に工夫がみられる」は
知識の裏付けがある分析=思考の部分でありますので、
感じる、こととは違います。
感じること。
感性でキャッチすること、ということの意味を分かっていただけるでしょうか。
画家や作家の影響の足跡や感触を、自分のなかからすくいあげること、
それが「感性」とか「インスピレーション」だと私は思うのです。
「あ~心の中に風が通るような感じがする」とか
「とてもカラフルな絵だけど、なんか息苦しさを感じる~」とか
「おどろおどろしい妖怪絵図なのに、なんでなの笑っちゃう」とか
そういう感覚が頭をよぎるのは、感性が健康な証拠です。
それは全部正しいの。
あなたが何かから影響を受けて感じ取ったことです。
あやふやなもの、なんかではないのです
。
(余談ですが、自分の好き嫌いや快不快にふたをして、
後回しにしていると、
この「感性」はどんどん衰退します。)
そう、受け取ったインスピレーションはとても確かなもの。
美というチャンネルを通して、
それを体感してもらえたらいいのに!
それを体感してもらえたらいいのに!
それをもうず~っと考えていました。
誤解のないように申しますが
ワタシも左脳的思考や分析は大好きです。
だってとても刺激的ですもの。
とはいえ、左脳で「解明する」ばかりがアートの楽しみじゃない。
右脳という、体感、インスピレーション、そのことのおもしろさ、
も知って欲しい
。
その奥で「自分を感じる」という
大切な大切なたいせつ~~~なことが、
あなたの 「シアワセ」 という扉をあけて待っている。
シアワセは、考えるチャンネルではなくて
感じるチャンネルに存在します。
。


