昨日の怒り記事
自分の魂と向かい合う、それがアートということだと思う~教育現場への願い
から一晩あけました。
ブログでもFBでも
反応コメントくださったみなさま、
ありがとうございます

ギャンギャン怒っているときに、
スルーされるほどピエロなことはないからね(爆)
「まあ、どうどう~落ち着けや」 も 「そうだよね!」 と言ってくださるのも
両方ありがたかったです。みなさん、ありがとう

書いているとき、自分ではもう沈静化しているように頭では考えていたけど、
実は心と身体はまだフガフガでした。

(だから一晩寝かせるって大事よ、、、、)
一晩寝て、今朝はまた全く違う感じがあるので、ここに記してみようと思います。
それは
①あたし、結構人生を楽しんでるじゃん!

と
②娘たちの反抗期が相当つらいね、
でも結構がんばってるね

のふたつです。(笑)
毎日心を動かして(揺さぶられて)生きている、
そのこと自体を悪いことだと思わない。
喜びや嬉しいことも多いけど、
嫌なことが起こって、即座に身体が反応することもある。
自分の怒り、起こったことをいやだという感じ、
もしかしたら正義をブンブン振り回しているかもしれない、
それに人も巻き込んでいるかもしれない、
けれど、今言いたい、
言いたいことは言ってしまおう、
という中で、思ったの。
これは
人生劇場だね! (←自分で言う
)そうやってああでもないこうでもないと
自分の中で、
そして自分以外の人と
ワイワイやっている感じ、
これは「ドイツ人の議論好き」とか
「アメリカ人のパーリー好き」と
同じことなんじゃないかい?
それも程度問題ですけどね、
ものすごい勢いの罵倒とか
人生の絶望の淵へ相手を落とすようなトゲのある言葉にまで
上り詰めちゃうともちろんそれはダメだけど、
そしてもちろん物理的な暴力は言語道断ですけれど、
日常の気づき、
自分のなかの進化、
どこから来てどこへ行くのか的思索の大きなうねりのなかで、
自分の人生にたくさんのコンテンツ?があることを
自分で選んでいるのだなあ、と。
そしてそれを楽しんでいるんだなあ、と。
だからどうでもいいんでは、ないんです。
そのひとつひとつを味わっていくこと、
拒絶しないできちんと味わっていくこと、
それをしていこうとあらためて思った
。さっきも言いましたけど、これには
「程度問題」というバランスの問題が大きく関係しています。
例えばね、
私、facebookなんかでも
人がしているネガティブ投稿を
読めるときと読めないときがあるなって (←心の問題として)
自分で自分を見ながら思っていました。
どういうときにできてどういうときにできないか、
それは、
相手の持っている「毒素成分」と同じ毒素成分を
自分の中にどのくらい持っているのか、
自分がどれだけ健全性のなかに身を置けているか、
そういうことに関係があるなと思い至りました。
つまり、
自分がなにがしか傷ついているときは、
相手の傷をきちんと見守って癒してあげることはできないし、
自分がなにがし嫉妬心や競争心を持っているときは、
相手のギラギラしたものを見て
目をそらしてしまう傾向にある。
もっと言うと、相手の持っているものは、
それに出会った時点で自分も持っている。
そういう毒素成分をある意味、自分で引き寄せている。
でもそのこと自体に耐えうる自分と
今日はごめん、勘弁ね、って自分がいる
ってことかもしれないな、と。
そして怒りを持っていた自分をもう一度引き返してみてみたら、
簡単に気づく(笑)
私、娘の反抗期に結構傷ついているんだ
、そして
巣立っていこうとしている娘たちを見て、心の底で寂しく思っているんだな
、と。それを認めようと思いました。
昨日の怒り記事を100メートル引いて見てみたら
「あ~~あの頃はかわいかったなあ」 的要素、満載ですね!
そうなんですよ、
かわいかったの!(笑)
それがね、最近では
「帰ってきたらお弁当箱出して」 の一言をきっかけとしてとらえて
壮大な戦争がはじまる


これが正直、、、思ったよりつらい。
「いったい私のどこが間違ってる?一点の曇りもない正しさじゃんか
」と思っている正義の剣振り回しの私と、
「きっかけは何でもいいただ親に反抗したい

」という野生の娘の全く噛み合わないケンカが今日も勃発。
頭では分かっているのです、
「反抗すること自体が目的で、何の意味もないんだ」と。
けれど、
結構繊細さんのワタシ(←自分で言う、、)は 一回一回参ったりもするのです。
部活の手伝いで週末にほかのお母さんに会ったりすると、
「ほんとうちで不機嫌でさ~、何にも言わないくせに要求だけはイッチョマエ、
まあ、いいよ、はいはいって聞いとくの」。
と華麗に受け流しているお母さんたちに
尊敬のまなざし
、いや憧れのビーム
を送っている私です。みんな
お母さんとしての才能がすごい!!!こういうものを私も身につけたい!
などどさんざん感化されてもどってくるのに、
また些細なことでケンカ。。。。
それも長女とダブル効果の波動砲

子どもたちとの間に流れている信頼マークを
時々信じられなくなっている自分の悲しさが
昨日の怒り記事の正体です。はい。
でもね、一晩あけて、
娘と朝食をとっていると、
私が何でもすぐ忘れると笑い話になったり、
最近ワタシがちょこちょこ旅に出るのを見て、
「お母さん、なかなかに人生を楽しんでる風だね」なんて言ってみたり、
最後には一緒に飲みに行こういづれ、となって、
バカな母親は
小さなシアワセに舞い上がるのです。

さあ、今日もレッツ人生劇場







