Rinkara ~ きものってこんなに楽しい 皆川公美子です。
今日は待ちに待った、初釜
同じ茶道入門コースの友人と
八王子にある「愛治庵」に伺いました。
よく晴れたいい日です。

こちらは裏千家東京道場を移築したもので、
千家三代目の千宗旦(1578~1658)
が隠居生活を
送った茶室でもあるそうです。
(余談。先日茶道の先生よりお話を伺ったところを少しご紹介。
宗旦は利休の孫です。おじいさまの利休は秀吉によって切腹を言い渡されましたよね。
秀吉は晩年、利休から召し上げた茶道具の数々をこの宗旦に返したそうです。そして宗旦は詫び茶の道をきわめるべく修行を続け、宗旦の次男が武者小路千家、三男が表千家、四男は裏千家を興す、まさに現代茶道の祖となったのだそうです。
利休の自刃でお家取り潰しのつらさ経験をした宗旦は、家を分けるということをしたのだといわれています。リスク分散型?おもしろいですね。あ、すみません、そんな軽い話じゃないですね
。うんちくコーナー以上
)古材を移築して大がかりな工事が
行われました。
そんな歴史ある建物と
静かな空気のお茶室の外観を
しばしお楽しみください
(内部は撮影できませんでしたので、ごめんなさい。
お道具もお軸もそれはそれは素晴らしいものでした。桜町天皇---江戸・徳川吉宗の時代
---の書もかけてありました
)
愛治庵外観。八王子の山野愛子短期大学の中に移築されてます。



「ここはにじり口、と言って、
茶室に入る入口です。」
まじ?!こんなに小さいの
くらい小さいです。
(アリスが巨大になって入れなかった入口
を思い出してしまいました。笑。)
本当に小さい入口なので、
武士は刀を脇に差していたのでは
刀が引っかかって通れません。
利休は、「武士であっても商人であっても
茶室に入るときは、みな平等。
刀を抜いて入られよ」
ということを言った人でした。
それってすごくないですか?
先日 映画「利休にたずねよ」を見て、 →映画のレポートこちら
私の頭の中の千利休はすっかり海老ちゃんになっているのですが
「美をきめるのはわたくし。」と
秀吉の殺気を目前に感じつつも、
静かに言い放つ利休の一コマがありました。
当時の武士社会において、
刀は武士の命。
「刀を置いて入ってきてね」
なんて、そんなこと武士に向かって言ったら、
利休はその場で切り捨てられるかもしれなかった。
まさに命がけだったと思うのです。
今でこそ、千利休は時代を代表するほどの
有名人ですが、
当時、ネットもブログもSNSもない世の中で、
千利休のクチコミや評判はいったいどのくらいのものだったのだろう。
武士に刀を置かせるだけの、
ものすごいオーラを持った人物だったのだろうなと
思いますが、
たとえ話とかではなく、
本当に、
美の追求に命をかけた人だったんだなあと
遠い目になりました。
映画のレポートこちら
ここが実際に、武士が刀を置いた棚です。
上が大刀用、
下が小刀用。

ついでに今日の私はこんな感じ。

気の弱いワタクシは結局刺繍半衿でなく、白の半衿にしたんですの
。笑。→ 刺繍半衿にするかどうかの件
お読みくださって、ありがとうございます。
