今西先生、さようなら。また会えるんだよね。 | 頭で悩むより、神経系から整える。人と心がもっと愛おしくなる話

頭で悩むより、神経系から整える。人と心がもっと愛おしくなる話

人が前に進めないとき、身体と神経系では何が起きているのか?東京藝大卒・元ソニーミュージックディレクターの皆川公美子が、独自の「BMS(心身相関)」視点で人の心と感性の世界をマニアックに紐解く探求ブログです。


恩師へのオマージュとして書きます。
重いトーンを避けたい方は読まないでくださいね。

====================






先日の
鹿島神宮ツアーで

私がひいた言葉おみくじは

京都の子守唄。





今年、京都の大切な恩師が亡くなりました。



小学校4年生のとき京都に住んでいた私は

当時通っていた小学校で

今西志津先生という女性の先生のクラス

でした。

転勤族だった私は小学校といえば短くて2学期、

長くても3年というタームで引っ越していて

たくさんの先生にお世話になったのですが、

なぜか今西先生だけ、大人になってもず~と

お付き合いさせていただいてました。



結婚前には会社の出張にからめて

京都の田んぼの真ん中にある先生のお宅に泊りに行って、





「不思議に輝く薄緑の池」を見せてもらったり、

裏の畑でじりじりと焼けそうな陽に照らされながら

枝豆をとったり、

冬には夜一緒にこたつに入って語ったり、





ちょうど先生んちに来た獅子舞に頭をかじってもらったり、、、、



子どもが生まれてからは、目が見えないといいつつ

電車を乗り継いで京都から大阪へ遊びに来てくれたり、

「子どもたちをしっかり守りなさいよ」が

電話をくれたときのいつもの締めの言葉でした。

実家にも遊びに来てくれて、

富士山が大好きなので、車で東名を

走って連れていくと

「関西人は富士山の近くに寄れることは少ないんやでぇ」

といいつつ手を合わせていたっけ。



戦争のために結婚する機会を失ったって言ってたなあ。

教壇に立っているときに、いきなり戦闘機が来て、

校庭を弾丸が

ダッダッダッダッダと斜めに通り抜けて行ったことがあったって。



凛としてキレイで、一筋の曇りもない銀髪、

縫製の良さが肩のあたりに出てる・・・品のいいグレーのスーツ、

「折り目正しい」
というのは今西先生のためにある言葉ではないかと

常々思っておりました。


そんな先生が脳出血で倒れて

終末医療の病院に収容されたと聞いたのは4年前。

子どもを学校に送り出すなり飛び出して、

新幹線にのり、

京都駅からJR福知山線に乗ってたどりついた病院は

うす暗く、生気のせの字もありませんでした。

お昼の給食?の匂いがなんだか臭かったです。

意識のない(かどうかは医者が決めてるだけだけど)

先生のお顔を見ていると

生前の凛としたたたずまいはかけらもなくて

さぞ不本意だろうと悔しく思ったのを覚えています。

「こんな姿をさらすはずやなかったわ。」

そう言っているだろうなあと。



この自由を失った肉体の奥に、

きっと先生の意識があるに違いない、

それを表すすべがないだけだ、とも思いました。




そういえば倒れる前、何年か連絡がとぎれていました。

いつものように電話をもらったとき、

最後にこれまたいつものように

「子どもたちをしっかり守りなさいよ」と言われて、

その日忙しくてバタバタしていた私は

ついカチンときて、

完璧に子どもを見張ってることなんて、

もうできない年なんです!

て言ったのでした。

はっとしたけど、先生のいつもの

「せやね。じゃあ、元気でな。」という言葉を

聞いて、一緒に電話をきってしまった。

思えばあれが最後でした。



せんせ、ありがと。

また会えるよね。








Android携帯からの投稿