この記事は
2019/09/01に書いたものです
私にとって【9月1日】は、忘れられない大事な日。
当時の自分の気持ちを忘れないために振り返り投稿します。
2019/09/01
・お兄ちゃん(7歳)
・たっくん(4歳・自閉症・療育園年中)
・妹(3歳・療育+認定こども園)
たっくんが自閉症と診断された日です。
二年前のこの日から、
私の障害児育児が始まった。
育児から、障害児育児へ…
二年前は、
この子は、自閉症なのか、そうでないのか
そればかり気にして…
とにかく“自閉症”という文字に怯えていた。
実際生活は、困ることばかり…
私は、この子をいつか
虐待してしまうのではないか…
ちゃんと育てられるのか…
ずっと一人で悩んでいました。
二年前は、まだ療育には通っていなくて
動きまくり、意思疎通の出来ないたっくんと
まだ赤ちゃんだった妹がいたので、
出掛けることも出来ず…
家に閉じこもる毎日。
私は、心身休む事が出来ず
ボロボロでした。
この時代は、本当に地獄で…
診断された時は、絶望しかなく。
“まさか我が家が、こうなるなんて…”
と、何もかも投げ出したい気持ちでいっぱいだった。
前向きになれる訳がない…
たっくんが二歳になった時(未診断)
ママ友が教えてくれた、
幼稚園の二歳児クラスに、週二回・三時間通っていました。
たっくんと離れられる時間は、この時だけ!
熱を出して休むとか絶対にさせたくない!
園に行って貰わないと困る!
私は、この週二回の時間があったから
なんとか心を繋ぎ止められていた。
でも、園に出発するのも一苦労だった。
私が昨年の9月1日に書いた
当時を振り返っている記事です
今、読んでも地獄だな…と思う。
幼稚園は、自宅から約30分。
山道を通ります。
道は、グネグネしていて、道路のそばは崖や川が流れていたりしています
全く意識はしていなかったのですが、
私は山道を通る度、
ガードレールの切れ目と、その切れ目の下はどうなっているのか、
崖になっている所は、谷底まで何メートルなのか、
運転しながら、そればかりを気にしていた。
また、運転は
育児から解放される時間だった。
運転している間は、クレーン要求に応えなくていい。
自宅にいると、テレビのリモコンを狂ったように持ってくる。
運転中は大事な自分の時間だった。
ハンドルを握っている時は、いつも泣いていた。勝手に涙が出てくる。
家では、考える時間すら無く
日中は、泣くタイミングも無かった。
考える事は、絶望的なことばかりで
自分の運命を呪い、
なんでこうなってしまったのか、そればかり。
もう限界になったら、
車ごと突っ込んでしまえばいい。
その為には、確認しないと…
そう思い
ガードレールの切れ目や谷底までの深さが気になった。
今、思えば… 完全に鬱だったと思う。
自分の事が分からない程、
病んでいた。
・
・
・
あれから二年が経った…
何が変わっただろうか。
正直今の生活は、全然楽にはなっていません。
むしろ、変に理解できる事で
こだわりが増え、
力ずくでとか無理矢理止めさせるというのは出来ない。
二年が経ち…
生活は大きく変わっていませんが、
確実に変わっていることがあります。
それは、私達家族に関わってくれる人が増えたこと。
二年前は、一人で抱え込んでいたことも
今では、どんな些細な事でも相談できるし
アメブロでも吐き出せる(笑)
今は、
たっくんのこだわりの多さと
引っ越し後の妹の進路で悩んでいますが
色んな人から意見をもらえて、
不安な事は、どんどん打ち消していける。
辛いことがあっても、
少しは前向きに考えられるようになったし
愚痴を言い合える友達もできた!
趣味も見つかった(笑)
だから、もし…
二年前の私に…
運転しながら
ガードレールの切れ目と谷底の深さばかり気にしている私に
声を掛けられるとしたら
「もう少ししたら、道が拓けるからね…」
って声を掛けてあげたい。
もうあの頃には、戻りたくない。
もう戻らない。
二年で、
まさか我が家が、こうなるなんて…
こんな風に考えられるようになるなんて
我が家に関わってくれている
皆さんに感謝ですm(__)m
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いつも、いいねや温かいコメント
ありがとうございます!
三年目の9月1日も今の気持でいたいです。
2018/09/01 ▼診断後1年
振り返り投稿後の追記
当時は自分が【鬱】になっている事すら
分からなかった…
※後に私は鬱の診断を受け、自立支援医療を受けています
自分の事を考える余裕なんて一つもなかった。
「もう一度この時代に戻って、同じ事ができるか?」と聞かれたら
絶対に無理です。


