発達について詳しくなると
4歳、年少の息子(ADHDの疑い)との日常について綴っています。息子が幼稚園を辞めるほどの大騒動になり、私も本を読んだり、ブログを読み漁ったりして、ある程度発達について詳しくなった。そうすると、他の子を見る目も変わってしまう。。・・・・・・・・・・・・・・・年末に、知り合いの子と遊ばせてもらった。その子と会う時は、なぜかその子の家のすぐ近くの公園で、と決まっていて、今回もそうなった。ママはアクティブな人で、普段から、あちこち出かけているのを知っていたので、なぜその子の家の近くの公園でないと会えないのかよく分からなかったのだが、今回、その子と遊んでいて気づいた。あ、この子は、ここでないと楽しく遊べないんだ・・・遊びの興味の幅がすごく狭くて、慣れていることをやりたがる。その子の中でやり方も手順も決まっていて、息子が横から何か言ってくるとすごく迷惑そうだ。気持ちの切り替えも難しい。そして、新しいことに興味が薄い。公園のど真ん中に大きな遊具があるのだが、近所に住んでいて、もう何年もほぼ毎日その公園で遊んでいるのに、その遊具の存在にすら気付いていなかった息子なら、公園の隅々まで把握して、片っ端から試すだろう・・・・・それを見て、私は、これは・・・とよけいなお世話と知りつつ思ってしまった。もちろん、何も言わなかったけど。本当よけいなお世話だと自分でも思うからこれからも何もいうつもりはない。だって、その子のママは何も気づいていない。自分が無意識のうちに、子供が癇癪を起こさないように気を遣っていることにすら、無自覚そうだった。そして、とても大人しい子だから、幼稚園でも何も言われてないんだと思う。知的には問題なさそうだし。園生活の妨げにならなければ、先生だって何も言いたくないよね。・・・・・・・・・・療育に通っている、いないは、その子の発達の全てを意味してるわけじゃない。まず親が認めないと、その子のためになる療育すらスタートできない。もちろん、療育が全てじゃないけど、私は色々本を読んで、色々試せることは片っ端から試しているけど、療育に行き始めて、やはり家庭は家庭だと思う。子供の社会性は、家庭の中での学びでは補いきれないと思う。(もちろん、家庭でしかできないこともあって、それはきっちりやらなければいけない)外部の、暖かい支援が必要だと思う。幼児期の療育は、その場としてぴったりだと思う。療育の見学に行った時、「お母さん、勇気を出してきてくれたんだね」「早い時期に連れてきてくれてありがとう」先生にそう言われた。ああ、私の判断はきっと間違ってない。そう思えて、心の中で少し泣いた。私の育児は孤独だけど、勇気を出して探せば、見方になってくれる人もいるのだと知った。もし、迷っているママがいたら、目を背けず、勇気を出してもいいんじゃないかと思う。療育先で、今のところ特に問題点が見つからない息子でも、療育は、この先、息子のためになると思えることばかりですよ