浮気、不倫問題専門カウンセラー河野匡利です。
俺の居場所がない。
家での俺の居場所。
そんなことを感じたり言う人もいれば、思ったこともない人もいる。
たとえ自覚していなくても、心の中には居場所はなかったはずです。
妻が居心地のいい家庭を築かなかったから。
妻が俺を邪険にしていたから。
妻が俺の存在価値をないがしろにしたから。
そう感じて、
俺の居場所はない。
俺の存在は何なのか。
などと言う夫。
でも違う。
夫には安心できて心地いい居場所はそもそもなかったのです。
俺の居場所は、家の中の俺のスペース。くつろげる場所ではありません(苦笑)
居場所とは、心の支え、心のよりどころです。
夫の心の中に育まれたものです。
それは幼少期に両親(養育者)によって育まれます。それが十分ではなかったのです。
裕福であっても、一見普通の家族(親子)に見えても、いいお父さん、いいお母さんであっても、子供があの頃どう感じていたかは子供次第です。親がどう振舞ったかではなく、その振舞いで子がどう感じたかです。
冷たい家庭だな。
他の家庭が温かく見えてうらやましい。
僕は親に歓迎されているのか愛されているのか。
何かさみしいな。不安だな。
子供の頃、家庭が平穏、平和で自分が守られていると感じ、心地のよい場所であれば、心にずっしりとした支え、よりどころが育まれます。
ママ(パパ)を信頼できるでしょう。
この世に生まれて、この家に居て、自分は正解なんだと感じます。
であれば他者も信じられるようになり、自分のことも信じられる。
素の自分のままでも十分なんだという刷り込みがされるはず。
心は安定します。
逆にそうでない子は、辛いでしょう。
ネガティブなとらえ方をする癖がつき不安定です。
家庭が’自分が承認される心地いい居場所ではなかったのです。
居場所とか、俺の存在とか、俺の価値みたいなことを発する夫の過去を振り返ると、そんな事実が共通して出てきます。
ずっしりとした心の支え、よりどころをもってこなかった夫は、そうやって不倫に逃げるもの。
不倫女やモノによって与えられるものと錯覚しているからです。
自分のネガティブな感情を呼び起こしたくないから逃げているだけ。人は誰しも痛みを感じたくないですもの。
妻から逃げているのではなく、自分から逃げているのです。
自分の感情を受け入れ、向き合わなければだめでしょう。
居場所はあった。居場所は今でもあるのです。

