怒る時、人は普段とは違う人格になります。

怒らない人はいないし、

人それぞれ自尊心や物事への思いにより怒りたくもなることもあると思います。



怒るという感情は人にとってはとても大事な感情で、怒らないことが良いことではないのは理解していますが…


ここで話したいのは、プライドを守ることやコントロールできなかったときの感情の表出により普段の対応とは明らかに違った言葉を子どもに投げかけてしまっていないかという事なのです。



学校現場において仕事に対して真面目に真剣に取り組むという事は大切で、ただブラッシュアップも必要とされる子どもの現場。日々刻々と対応なども変化をし「一人の人」として当たり前に対応していくことが求められています。



これは元気な子どもも、個別対応の子どもも、不登校の子どもも、分け隔てなくその子にとってという視点で考えサポートする。そして、自分の足で一歩を踏み出せるように導いていく。そんなことが求められる現在。



一昔前とは全く違うサポートの仕方です。



大人は言葉(頭)ではわかっている事は多く、自分はできていると思われている先生や支援員さんをよく見かけます。ベテランだからこそたくさんの子どもを見てきたからこそ分かることもあるし、さらには変化していった子どもも多くいらっしゃる場合はプライドを持っています。



昨今の教員不足もあり、退職後も教育委員会から、自治体から、任命を受けて学校現場の支援に携わっている方も多く、さらには放課後の学童などでも働かれている年配の方も多くいらっしゃいます。それはとても頭の下がることで子育て中の私にとってはとてもありがたいことです。



ただ、たまに…

行き過ぎたサポートや理解できないこともあり子どもが混乱してしまうこともあります。

注意の度が過ぎてしまい体罰のような行動が見受けられてしまったり、言葉が過ぎることもあったり、率先して子どもを居ないものとしてあからさまに無視をする、なんて事も見られます。



子どもをサポートする中で必要な対応だと一昔前は考えられていたことかもしれません。ただ、まだまだ現場には平成の残り香は残っていて、子どもをコントロールすること、支援員の言う事は絶対だと思っている事、体罰・脅しが子どもに有効だと思われている年配者の支援員さんはいらっしゃいます。



実際、緘黙っ子が支援員さんのゲームのルールを守らないことで混乱した時に、クレームだと思われた支援員さんが子どもに放った言葉は衝撃でした!


「僕がルールを守らなかったって電話したんだって、それならもう君に話しかけもしないし、何も支援しないから勝手にしてください。勝手に来て勝手に帰っていい。僕は周りの子ども達と遊ぶことがあっても君には声かけないから」

と顔を覗き込み低い声で子どもに忠告したのでした。



自分のプライドを守るための行動が子どもを無視すること。に繋がってしまったのはとても残念でした。


元々は緘黙っ子がゲームのルールを守らない人がいた際(大人の人の場合)どのように対応するのがベストなのかを通級の先生に相談をして、対応の仕方を学ばせてもらったのですが、これが学校間の連絡の中で保護者がクレームを入れてきたと勘違いされてしまったようで支援員さんの怒りに触れてしまったようでした。


この出来事の後に実際に教育委員会に連絡をさせてもらいました。


大人が率先して子どもを無視するという出来事が子どもにとってどんな影響が出るのかわかりませんので。



ですが、現在も無視は続いています。

それでも学校にとっては大切な支援員さんで子どもの心より働いてくれる人を守ることが大切なのは今の教育現場の現実なのだと思います。



この出来事で大人が豹変する。裏返る人を目の当たりにした緘黙っ子は学校が恐怖となり回復するために半年かかりました。そして今もなお難聴の後遺症を抱えてしまっています。



他の放課後学童では、注意した子どもの首を絞めて解雇された職員さんもいるそうです。

これも年配の方なのですが、注意を聞かないのは

子どもですが注意を聞かないから体罰をとなってしまうのはとても怖いです。


ベテランだから大丈夫…という言葉が本当なのか…



ブラッシュアップをしていただき現場慣れを防ぐ事も今後は大切になっていくのかもしれません。



そして、子育て中の保護者のみなさま

実は子どもの心の奥底に「大人の豹変」がかくれている事もあるかもしれません。



子どもの「声を聞ける場所」があるかないかが大切になってくる事もあるのかもしれないです。