こんにちは。
今回はこのブログを書くキッカケとなったムスコのお話しです。
もう成人を迎え数年が経つムスコ。
体調を崩してお家で過ごす時間が長く続きました。
ムスコの不登校の始まりはは小学校2年生の頃から。
DV被害もありましたが、何より安心した学校生活がスタートできなかった事が大きいと思います。
学校へ行きたい気持ちと
学校へ行きたくない身体
小さなムスコにはどうする事も出来ず
大人に頼りたくても15年以上前の学校は理解してもらえず…
頑張っても
頑張っても
普通にはなれない自分との戦いのような日々だったと思います。
学年が上がるにつれ
期待される行動がまとわりつき
みんなと同じ事がどうしても出来ない自分が悔しくて悲しくて大泣きした日々。
そんな事は学校には関係なく
迷惑をかけるなと一喝。
人間不信となりました。
それでも自分の未来をと歩みを止めなかった。
通信制の高校に進学し頑張っていましたが
ここでPTSD発症。
長い二次障害の日々がはじまりました。
「うつ病」
と言われる言葉、これも幅広くムスコは
とても重度なうつ病でした。
ご飯も食べられず
部屋から、ベッドから動けず
痩せ細り、目も窪み
物事を理解も判断する事も難しくなってしまっていました。
理解されない社会とはこういう未来につながります。
支援が必要な人に支援がつながらないと言うのは
その人の心さえも壊してしまう怖い事です。
ムスコは
スクールカウセラーにも、児相にも繋がっていました。
ですが、IQが高いという理由で
診断書があってもどこへもつながれない…
そんな日々で、ムスコのわがままだと言われるばかりでした。
うつ病になってから6年が経ちました。
少しずつ回復したムスコは
今ようやく身体のこと、自分の未来のことを
少しずつですが考えられるようになりました。
母親の言う事をやるのではなく
自分のチカラを試したい!そう思えるようになってきたんだと思います。
今ようやく外に行こう!と思い
自分で一歩を踏み出す事がようやくできるようになりました。
7歳から始まった彼の社会への挑戦はまだまだ続きます。
時代が…社会の認識が…
少し違うだけで
全然違う人生となります。
今は比較的支援につながりやすくはなっていると思います。そして理解しようとしてくださる方が学校の中でも増え、どの様に支援しようかと一緒に考えてくれます。
そうなってくれた嬉しさと、少しの刹那さをいつも私は感じてしまいます。
ムスコのこれからは寄り添ってくれる人に囲まれて過ごせるといいなと…
願うばかりです。
