ブータンって、日本から見るとここ
関空から深夜の飛行機でタイのバンコクに行き(直航便はない)乗り換えで6時間待って、そこから3時間ほどでブータンのパロ空港に辿り着きます。
軍隊は志願制、お土産物を見る限り、日本と物価はあまり変わらない?!ていう感じ。
ひとはみんなゆったり、首都でも、信号も渋滞もない、イヌだらけの街です。
ほとんどが仏教(密教系)で、わりと最近まで鎖国状態だったようで、経済発展は遅れていますが、いま街ではドンドンマンションが建っています。
だから「現金収入」が欲しい、「もっと」になりつつあるのかもしれません。ほとんどの人が農業ですが、ほんとたくさんのひとがスマホ持ってます(笑)
7割ぐらいの人が民族衣装で、学校の制服も民族衣装。茶髪はいません(笑)
顔は驚くほど日本人に似てます。みんな、どこかであったひとみたい。なので、うちは「黒田さん」とか「秋山さん」とか、日本名で覚えます(笑)
みんなが仏教、祈り、平和、健康、長生き、というものを大切にする価値観で、たくさんの人が自給自足をしているようです。
そのあたりをイロイロと聞いていくと、やはり、便利、快適、清潔、といったものが「もっともっと」という意識を加速し、「不足感」を煽ってしまうのだなぁ、と思います。
もちろん、僕らもその恩恵を山ほど受けているので、便利、快適、清潔をいちど体験するともう戻れません。
「知らなかったら」不満はなかったもの。スマホも、パソコンも、交通機関も、便利グッズも、エアコンも、クルマも、、電気も、、、、なかった時代には、知らなかった時代にも、その時々の幸せがあった。
そして、「農業」さえも。
「成長」という名の発展の恩恵を受けつつ、もっと便利に、もっと快適に、、もっと美しく、、、で、文明は発展してきた。その「努力」、そして日本人の「いい仕事」を実感します。
でも、それでもなお「もっと」を、もう止めていいんじゃないかなと思ったりもするのです。
こちらでは、町中に牛が放牧されています。でも、夕方になると、飼い主のもとに帰っていくらしいです。
食べるための牛ではなく、乳を絞るため。日本では、牛舎に詰め込んで、ひたすら乳を絞る。こちらでほ、朝絞って、そのあと、街や野に放つ。
鶏舎もないし、豚舎もない。
イロイロと価値観を改めて揺さぶる日々です。
ガイドさん曰く、夫は妻の実家に嫁ぐらしいです。
5ヶ国語を喋ります。日本語のガイドはお金がいいらしいです(笑)
働き者で、成績優秀で、でも、中学のときにさっかーにハマりすぎて、勉強しなかったら大変なことになったと。
こうこの頃にお父さんが亡くなって、、進学を諦めて農業を、継いだらしい。
でもやっぱり、農業は、もうひとこと「大変です」と言ってましたね。
日本から、「西岡さん」というブータンいち有名な方「農業の父」と呼ばれる方の農業指導によって飛躍的に変わったようです。
野菜の栽培方法、田植えの方法、農業機械の紹介で、ドンドン良くなった、と。
ここに、文明のジレンマがあるわけですね。結局は。
だから「もっと」「まだまだ」を求めないでいられ、そして文明の良さを享受できる、そんな都合のいいところにある幸せがいいなぁと(⌒-⌒; )
お坊さんは、結婚もせず、ほんとうに祈りの日々だそう。そして、多くの施設が、お金持ちの寄付によって成り立っているとのこと。
いま思い出せるのはこのくらい。
いま、道がドンドン整備されています。
暖炉前に特別な席を作ってくれました。
緯度は沖縄並みなんですが、、標高が高いので涼しくて快適です。











