ココロのことを勉強中!ココです😊


私は、これまでの人生で

頑張ってきたことをずっと握りしめてきた。


我慢して

我慢して

自分を追い込んで

嫌なことがあっても

必死必死にやってきた


頑張って頑張って頑張って

生きてきた。


頑張ってきたことが

私の誇れることであって、

頑張ってきたことが評価されなくなったら

私には何にもなくなってしまう。


子供時代も

学生時代も

社会人時代も

私は、ずっと頑張ってきた。

頑張ってきたことが私の人生だったから

この頑張ってきたことを捨てられず、

ずっと握りしめていた。


頑張ってきた目的は何?


目的のための手段として

頑張っていたことが

いつの間にかに

頑張ることが目的になっていた。

 


目的、

それは幸せになることだ。


幸せになるための手段の頑張りが

いつしか頑張ることが目的になり、

幸せにはつながらない、頑張りなっていた。


そして

こんなに必死に我慢して

自分にムチ打って

頑張ってきたんだから

私は報われるべきだ。


と頑張りが報われることを期待していた。


だけど、このいつか報われるの

いつかはこない。

報われないのだ。

 

いつか報われるという気持ちは期待であり、

期待と現実のギャップに落ち込んだり

できない自分を自己否定したり


時間と労力をかけたのに変わらない現実に

いらだったり

とても心に負荷がかかって生きづらい。



そもそももう答えはでている。


変わらない現実。

それが答えだ。

現実が答えなのだ。


頑張ってきたことは、

幸せに繋がらなかった。


頑張ってきたことは、

幸せになるには無駄なことだった。


その事実を認めないといけない。



自分がしてきた頑張りは

無駄だったということが現実であり、答え。



これを見ようとせず、

頑張ってきたことをずっと握りしめていた。



なぜ自分がしてきた頑張りを握りしめて

無駄だったと認められないのか。


それは、自分がしてきた頑張りが

我慢してやってきたこと

たくさんの時間をかけたこと

たくさんの労力をかけたこと

であり、

その分の結果がでないと

損したことになるから。


損したくないのだ。


ではなぜ、損をしたくないのか?


次回、書きたいと思います!



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