心のことを勉強中!ココです😊
私が今まで頑張ってきたことはムダだった
自分を変えて
生きづらさを変えるために
幸せになるために
幸せになれることを期待して
いろんなことを我慢して
必死に頑張ってきたけれど
それは幸せになるためには
すべて無駄なことだったということを
認める
その頑張りは無駄だった
時間の無駄だった
こんな事実を認めるのって辛すぎる。
それは
今まで自分がしてきたことを
今までの人生歩んできたことを
無駄=否定することになるから
(大切なのは自己否定ではないこと、
自己否定と自分がしてきたことは無駄だったの違いはまた別のところで書きます)
でも認めないといけない。
なぜ認めないといけないか。
それは
私は今まで頑張ってきたんだから
いつかは報われる。
って期待をいつまでも捨てられないから。
30過ぎても
才能がないのに夢を追い続ける
バンドマン。
みたいな。
残酷だけど
現実をみて
今までの頑張りは無駄だったこと
その頑張りは報われることはないことを
認めないと
この先の
未来の時間も無駄にして、損し続ける。
(無駄な時間を無駄と認めてやめないと
無駄なことをし続けることになるから)
期待を捨てないと
無駄だったと認めないと
辛いのも自分だ。
なぜ辛いのかといえば
期待すればするほど
そうならない理想と現実のギャップに
落胆したり、自分攻めしたり、
イライラしたり、
とても生きづらいから。
そして
実はこの頑張りは無駄だったと
認めることは母親に対しても関係する。
母親は今まで苦労して頑張って生きてきた。
苦労して頑張ったことは、
認めてあげなきゃいけない。
頑張ったことを否定してはいけない。
だって、それを否定したら
自分が頑張って生きてきたことを
否定することになるから。。
そうやって
頑張ってきた母を庇うことにもなる。
頑張っていたことは事実だが
こどもの私を非ダイヤに育てたのも事実。
頑張りは評価されない。
頑張は無駄だった。
そう思えることで
母をかわいそう扱いして庇わず、
母をしっかりクソ扱いができるようになる。
今までの考えは
私が頑張ってきたことは、素晴らしいことだ。
いつかその頑張りは報われる。
↓
母は、頑張って生きてきた。
だからその頑張りは素晴らしくて評価してあげるもの(母を庇っている)
それを
私が頑張ってきたことは、時間の無駄だった。
その頑張りが報われることはない。
↓
母は頑張って生きていたが、
母の頑張りは無駄だった。
頑張っても、こどもの私を非ダイヤに育てたのは事実で、頑張りは評価できない。
母を庇う必要はなく、
こどもを非ダイヤに育てたことは母は
クソである。
となる。
だから
私の頑張りは無駄だったこと
これを認めないといけない。
とてつもなく辛い事実だ。
たくさんの時間の無駄にした。
損をした。損をした。損をした。
損を認め、自分の過去、現在を認める。
過去から現在そして続いていく
未来の現実も認める。
次回、
損を認めて、自分認めるについて
考えたいと思います。