ココロのことを勉強中!ココです😊
自分の生きづらさには
母親との関係に問題がある!
って自覚して初めて
母親問題に取り組めると思うんだけど。
私は自分に母親問題があると
なかなか認めることできなかった。
それはなぜなのか。
そのひとつに
母親の子育てが
ダイヤの子育てっぽいところがあったからだ。
ダイヤっぽい子育ての1つが
余計なことを言わない。
である。
定番の余計なこと。
勉強しなさい。
これ言われた記憶、ほんとにない。
他にも
あれしなさい。これしなさい。
あれだめ。これだめ。
ウザいことを言われなかった。
でもこれって
表面上はダイヤ母と一緒でも
中身が全然ちがうんだよね。
ダイヤ母が余計なことを言わないのは
心が安定していて
未来への不安がなく
子供を信頼してるから
余計なことを言わない。
じゃあ非ダイヤの私の母が
余計なことを言わなかったのは
ダイヤ母と同じ心境なのかというと
まったくもって全然ちがう!
もうほんとにかすりもしない!
私の母が余計なことを言わなかったのは、
それは
それはね
子供をみてなかったから。
ただそれだけ。
もっというと私の母は
子供のこと考える
キャパと知能がなかったから
余計なことを言わなかった。
やってることは
同じように見えて
中身が全然ちがう。
余計なことを言わなかったっていうより
余計なことを言うこともできなかった
というのがしっくりくる。
なにをしてるかではなく、
なぜをそれをするのか。
まさにナリ心理学でいわれてること。
なぜをそれをするのかが、鬼大事!
私の母のような
雑魚で弱い、放置系タイプはなかなか
母親に問題があるって気づかない人も多いかもしれない!
また母親問題がないと思ってしまう落とし穴
について書きたいと思います!