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名古屋の経営コンサルタントブログ

実務からビジネス関連の話題まで徒然なるままに

久しぶりにブログ投稿します。

 

あっという間に9月になりました。

 

表題の意味は自身が視えている

常識を疑うことや活動する分野または

場所に変化を加えるということです。

 

『景色を変えていく』ということは

自らをブラッシュアップすることであり

今あるしがらみから一歩踏み出すために

どこかのタイミングでしなければならないことです。

 

そして変えるということは

勇気とエネルギーが要ります。

 

同時に様々な苦しみや

拘りを捨てる覚悟とも背中合わせです。

 

今年は例年になく様々な体験を私自身がしているので

年齢的にもそういった時期なのだろうと実感しています。

 

2023年も残り4ヶ月切りましたが

次の景色を見るために上記につながる

行動していけたらと思います。

 

 

 

表題の意味は、

自ら選択したことや感じ取った中で

自身にとって来たるべき時にめぐり合わせがやって来るということです。

 

ヒトモノカネ情報で言えば以下の通りです。

 

・仕事の依頼または情報が舞い込む

・活動に必要なお金が入る

・探していたものが急に手に入るまたは見つかる

・相互での人の紹介がある

・人との再会又はお別れがある

 

今年も半年近く経ちましたが、

上記のような『めぐり合わせ』というものに

タイミングよく助けられながらも時にはヒヤリとすることもあり

何か試されている感があります。

 

神の見えざる手というべきもので

自身には見えないシグナルやセンサーがあるのかもしれません。

 

来月は久し振りに所属団体の商談会に臨みます、

新たな出会いと良いめぐり合わせがあれば幸いです。

 

あっという間に5月GWが終わりを告げています。

 

愉しい時間はあっという間過ぎていくもの。

 

さて表題の件につきまして、

シンプルにとても大事なことだと改めて思ったので

タイトルにしてみました。

 

それは、

目に見えるものだけでなく

目に見えないものとか

自分がしてきたこととか

周りの見えない手助けとか

これから起きる出来事とか

全部ひっくるめて信じることの大切さです。

 

生きていればそれなりに

晴れでも曇りでも雨の日があります。

 

時には土砂降りの日も嵐の日もあります。

 

他人様が気になる日もあります。

 

とにかく色んなことがあります。

 

それでも前に進むために

『信じるということ』を

止めてはいけない。

 

信じた分だけ自身に必要な出来事が

用意されている気がします。

 

運命は少しづつ変わるので

その時々できることをひたむきに

取り組んでみたい。

 

今日はそんなことを

感じられた日でした。

 

表題の意味は、

不思議とご縁というものはその時々における自身の状態(心の有様)

シンパシーを感じる(類は友を呼ぶ/似た者同士)人と繋がるということ。

 

そうでない人とはなかなか繋がらないし、

たとえ偶然の出会いも一時的にしか繋がらない。

 

その理由はお互いに思っていることや

求めていることが合致していないからです。

 

お互いに気持ちが重ならないのであれば

共感などするわけもなくそもそも一緒にいる理由がないわけです。

 

少し前に個人的に因縁という言葉について

調べたら以下のことを発見しました。

 

仏教の世界で

因というものはモミダネと捉え、

縁というものは水分空気温度とされ

それらが調和されて初めて結果「米」になるという

例え話があります。

 

人と人と繋がるためには

因というきっかけ(出会いの種)から

縁という働きかけ(呼び水役となる)とか相手の心情を掴む

(空気を読む、情熱を持ちながら目線を合わす)ことで

上記と同様に調和されて初めて結果「成果」になるのかなと私は感じます。

 

ただしその結果はどう出るかは蓋を開けてみないとわかりません。

 

また時として縁が切れることも当然あります。

 

私の場合は相手に共感できなくなった時に起きます。

 

今でもそうならざる得ないことがありますが、

大学時代からサラリーマンの時にそう思うことがたくさんありました。

 

自分自身がそうなることもあり、

相手からそう思われることも当然あったと思います。

 

どちらかが悪いにせよ

これは仕方のないことです。

 

全ての縁を自らが選べるわけでないですが、

縁というものは大事にしないといけないとこの歳になり

少しだけ理解が進みました。

 

縁が切れたらそれまでですし、

互いにその役目を終えたという

ある種そういう意味なのかもしれません。

 

そう思った限りはできるだけ上記のように

結果「成果」が出るように努力をして

自らが主体的に動いていきたいと思います。

 

同時に悪い縁と思われるものは

自ら断ち切る覚悟も持ちたいと思います。

 

今までもそうですが、

この『因縁という理』から学んだことを

心に刻んで生かしたいと思います。

 

 

今週初めに私が地域事務局長をさせていただいている

とあるプロジェクトチームの月1回のZOOM会議がありました。

 

沖縄、福岡、大阪、京都、名古屋それぞれの地域の

事務局長が思い思いの活動報告をしてお互いに刺激を受けます。

 

今回プロジェクトチームリーダーの報告で感心したのは、

「Z世代」の起業と社会的な取り組みについてでした。

 

それは50を超える学生団体のアイデアと

賢明な活動によって大きなうねりを出していて

年上の実務家が知恵を貸して陰で支えている現在進行形の話。

 

この方も陰でしっかり関わっているとのこと。

 

彼らが目指すは社会が抱えている課題に対して

自ら起業し問いを立てて解決しようとする

100団体加盟の達成をし社会を変えて動かすことです。

 

今年の夏には大阪のど真ん中の大箱で大きなイベントを計画中だそうです。

 

私が上記の話を聞いて学んだことは同じ志がある人たちが

自然と集まって自然とチームワークで結束して

同じ目的目標を持って突き進めばものすごいエネルギーになるということ。

 

彼らの若さという溢れんばかりのエネルギーと

無限の可能性を持ち続けて諦めなければ

きっと目標は達成することでしょう。

 

私自身も学生時代は血気盛んな方でしたが

今を生きる『若手に学ぶ』ことが多いと気づき

とても刺激を受けた次第です。

 

学生時代から20年近く経ちましたが、

自分の中で忘れかけていたものが蘇ってきました。

 

私自身も彼らに倣って自身ができることを

しっかり取り組んで今いるこのチームで貢献したいと思います。

 

 

 

 

 

 

昨年度の今頃に10年以上お世話になっている教育専門家の方から

おススメいただき鑑賞したロビン・ウィリアムズ氏の主演映画「今を生きる」(1989)

の中で何度も出てくる言葉です。

 

この映画を見てから1年近く一日一日過ごしていく中で

『Seize the day(今を生きろ)』という言葉に影響を受けながら

以下のことを意識しています。

 

自分自身が見えないものに縛られていることから心の解放をすること、

自分は何がしたいのかを自問自答しながら見つけ出すことに集中する。

 

少なからずとも私自身も学生時代に似たような体験をしており、

周囲からの抑圧やこうあるべきというものを当時刷り込まれていたように思います。

 

何が正しいのかわからない中での

「青春時代の葛藤(ジレンマ)」という言葉がピッタリです。

 

青春真っ盛りである学生時代の大事な時期だからこそ、

自分自身の憧れや夢とか何かの衝動受けたことを大切にするべきか

それとも周りに順応して自分の考え、主張を押さえつけてまで生きるべきなのか。

 

苦悩しながらも生徒が成長していく様をこの映画で垣間見ることができました。

 

また教師側の目線として教科書通りのことをただ教えるのではなく、

学生ら一人一人の人生を尊重することも必要であるという事。

 

情熱を持った熱いまなざしから何が大事なのか気付かせるのが

真の教育なのかもしれません。

 

実は映画の中で教育上ご法度な事を生徒にさせるシーンもありますが

これも分かりやすく伝えるためのご愛嬌かもしれません。

 

たとえ教師としての周りから教え方を咎められたり

誰かの自己保身による濡れ衣で自身の立場が危うくなったとしても。

 

自身の行動への批判に対して一切反論せず言い訳もせずに

自身の思いに最後応えてくれた数名の生徒へ感謝の意を言って

辛くとも学校を立ち去る姿は清々しいし潔くもあります。

 

厳格な校長先生の制止を振り切ってまで、

成長した生徒が一人の教師からの教えに応えようとするシーンは感動ものです。

 

人間味というものは学業以上に

人を変えるきっかけにもなるというものを学べました。

 

今年もこの映画から学んだこと

『Seize the day(今を生きろ)』

を実践していきたい。

 

 

 

表題の意味は、

昔から続けている習慣や

興味本位や努力して身に着けた

見識や物事の価値が自身を助けるということ。

 

今年に入って本業のこと以外で

自身を活かす機会や助けられることが多い。

 

今まで費やした時間と情熱は決して自分を裏切らない。

 

学歴や勉強や資格が全てではないということ、

一所懸命にやったことは実を結びます。

 

『一芸と見識は身を助ける』

 

だから真剣に取り組んだのなら

無駄なことは一つもないということを改めて感じさせられています。

 

ありがとうございます。

 

 

 

1月もあっという間に折り返しとなりました。

 

表題の意味は、

人の捉え方は様々であるけれども

捉え方によって発破をかけたり

姿勢を正す事になるということです。

 

例えばコップの水が半分だとすると

あと半分しかないと思うか、

まだ半分あると思うかで分かれます。

 

今月あと半分しかないと思うか

まだ残り半分あると思うかで

自身の活動の仕方が変わるわけです。

 

私は後者の考え方でいきたいと思います。

 

その理由は出来ることをやってみてその結果を

受け止めるのが一番だからです。

 

まだやれることはまだたくさんあるので、

良い結果を出せるように半月を過ごしたいですね。

 

今年初投稿となります、

今日は成人の日です。

 

新たに大人の仲間入りを果たされた方々にとって

決意を新たにする日となるかと思います。

 

さて、表題意味は上記のことを含めたもので辞書を引いてみると

人生の節目として個人が集団での変化や役割責任の獲得をすることを意味しています。

 

その節目のたびに課せられた条件を満たす儀礼を通過儀礼と呼ぶそうです。

 

そして変化するということ、

つまり新しい生活または仕事で新たな出会いがあり

前後に別れも同時に訪れるということも伴います。

 

当然に自身も順応しながら何か変わっていかないといけない上に

その変化と時間の経過には逆らえない。

 

私自身ようやく成人式から20年余り時が経ち、

上記のことを少しづつ理解しながらこれまでの経験で確認をしている最中です。

 

『通過儀礼(イニシエーション)』というものは

避けては通れないのとそれをきっかけに変わるタイミングであると言えます。

 

私自身もある意味節目なので今年もっと変われたらと思います。

 

今年もあと3日を切りました、

昨日で今年の仕事納めをしました。

 

苦しくも有り、新たな出会いもあり、

今までと違うことにも挑戦した

心に残る年でした。

 

東京と静岡と大阪へ足を運んで

仕事をしたり知り合いと飲みに行ったり

新しい縁と現地で頑張っている人から

様々な事を教わり元気まで貰いました。

 

恐れず一歩踏み込みだすことで

新しい世界に出会える。

 

それと同時に現状維持は後退しかないと

改めて実感できました。

 

そして2023年度に向けて思うことは以下の通りです。

 

・今年蒔いた種が発芽するまで不断の努力をすること。

 

・脳裏にへばりついた固定概念を疑い壊す勇気を持つこと。

 

・県内外での主体的な行動の繰り返しから得る縁を大事にすること。

 

・準備8割、実行2割と考え抜かりなく自らがすべきことを常にすること。

 

本ブログを見ていただいている方々へ

本年度もお世話になりました。

 

2023年度もどうぞよろしくお願いいたします。