表題の意味は、
不思議とご縁というものはその時々における自身の状態(心の有様)
シンパシーを感じる(類は友を呼ぶ/似た者同士)人と繋がるということ。
そうでない人とはなかなか繋がらないし、
たとえ偶然の出会いも一時的にしか繋がらない。
その理由はお互いに思っていることや
求めていることが合致していないからです。
お互いに気持ちが重ならないのであれば
共感などするわけもなくそもそも一緒にいる理由がないわけです。
少し前に個人的に因縁という言葉について
調べたら以下のことを発見しました。
仏教の世界で
因というものはモミダネと捉え、
縁というものは水分空気温度とされ
それらが調和されて初めて結果「米」になるという
例え話があります。
人と人と繋がるためには
因というきっかけ(出会いの種)から
縁という働きかけ(呼び水役となる)とか相手の心情を掴む
(空気を読む、情熱を持ちながら目線を合わす)ことで
上記と同様に調和されて初めて結果「成果」になるのかなと私は感じます。
ただしその結果はどう出るかは蓋を開けてみないとわかりません。
また時として縁が切れることも当然あります。
私の場合は相手に共感できなくなった時に起きます。
今でもそうならざる得ないことがありますが、
大学時代からサラリーマンの時にそう思うことがたくさんありました。
自分自身がそうなることもあり、
相手からそう思われることも当然あったと思います。
どちらかが悪いにせよ
これは仕方のないことです。
全ての縁を自らが選べるわけでないですが、
縁というものは大事にしないといけないとこの歳になり
少しだけ理解が進みました。
縁が切れたらそれまでですし、
互いにその役目を終えたという
ある種そういう意味なのかもしれません。
そう思った限りはできるだけ上記のように
結果「成果」が出るように努力をして
自らが主体的に動いていきたいと思います。
同時に悪い縁と思われるものは
自ら断ち切る覚悟も持ちたいと思います。
今までもそうですが、
この『因縁という理』から学んだことを
心に刻んで生かしたいと思います。
