「女性」であることを否定し続けていた理由 | Life is Entertainement【Elly公式ブログ】

Life is Entertainement【Elly公式ブログ】

もっと楽しく!貪欲に生きる!
人生を面白がる力を育むコツを発信

はじめまして、ERIKOです。

Welcome to ERIKO's Blog♡

image

 

私はずっとあるがままの自分でいたいけど

嫌われるのが怖くて周りの人の表情や評価

を気にしていました。

 

転機になったのは30歳を迎えたとき。

自分の幸せのために生きると決意して

自分を幸せにする力を育みました。

 

その力を私は「ごきげん力」と呼ぶ。

 

あなたもきっと「ごきげん力」を育めば

自分の人生の主役になれます。

 

そのヒントをこのブログで

お届けたらと思っています♡

 

 

ERIKO's Profile

ハート1989年3月14日生まれ(現在32歳)

ハート経歴:高校教員(英語科非常勤)、学童保育責任者、学習塾講師、NPO法人職員(広報・ファンドレイジング)など

ハート夢:自分の価値/可能性/未来を信じられる勇気を全世界の人に届けること!そのために、「ごきげんカレッジ」をライフワークとして活動していく。

ハート好き:映画・海外ドラマ・アニメ鑑賞、アボカド、猫、カラオケ、ファッション、ピンク色の小物、学ぶこと、人の人生観を聴くこと、相手を笑顔にすること

ハート自己紹介ブログはこちら

 

「女性」である自分。

 

それについて、ずっと言葉にしたかった。一旦書いてみるけど、結論らしい結論は出ていないかな。まだまだ模索中。

 

***

 

自分のセクシュアリティ(=性の在り方)について診断ができる、というあるアプリをやってみたら、「Xジェンダー(自分自身を女性にも男性にも当てはまらないと自認されている方)」と診断された。

 

 

それは自分自身の性自認(=自分の性をどのように認識するか)に関する問いについて、「どちらでもない」と私が回答したからだろう。

 

 

回答したときの私は無意識にそのように答えていて、結果として出てきたときは非常に違和感を覚えた。

 

 

「あれ、どうして私は“どちらでもない”と回答したの?」

 

 

私は自分で自分を「女性」であると、思えていなかった。もう少し正確に言うと、「女性」であることを受け入れたくなかったのだ。

 

 

その背景について考えてみると、私の中では3つある。

 

 

 

①:「女性」であることがマイナス要素でしかないと思っていたから。

「女性」は社会的に弱い立場であるということを物心ついたときには知っていて、大人になるにつれて肌で感じる機会が増えていった。そうすると自分の思考はこうなっていく。

 

 

「男性」と対等に闘うためには強さが必要だ!

 

 

「男性」に負けたくない。対等に扱ってもらうためには、なんでも自分でこなし、同じくらい働き、「押忍!押忍!うーっす!」の根性が必要だと思い込んでいた。

もとから自分の弱さを見せるのが苦手なのに、この思考でさらに自分を強がりな人と化してしまったように思う。

 

 

②:自身のキャラクターとの“不一致”

「女性(らしさ)」を象徴するものとして私が考えたのは以下。

 

母性、愛、寛大さ、美しさ、清楚、可愛さ(愛嬌)、感受性豊か、ピンク、白、ふりふり、長髪、メイク、スカート、笑顔、か弱い、守られるべき存在、謙虚、毛がない、性欲がない、おっぱい、子ども好きetc

 

 

上で象徴されるものと、自分自身のキャラクターが「不一致」だと感じていた。

 

 

自分で言うのもなんだけど、私はずっと自分をお笑いキャラだと思っていた。

 

 

そんな自分が嫌いなわけではないけど、お笑いキャラだから可愛いキャラにはなれないし、お笑いキャラだから自分を「女性」として表現できないと思っていた。(非常に謎な方程式だ…苦笑)

 

 

「いやいや、私なんて…」という自己肯定感の低さも相まって、「女性」を象徴されるものから自ら避けていたように思う。

 

 

③:ダイバーシティ視点が「邪魔」する

LGBTQ当事者の一人として、またこれまでダイバーシティに関することに携わっていた一人として、性別二元論(「女性」「男性」の二元論で語ること)については問い続けたいと思っている。

 

 

しかし、ときにそれが「邪魔」してくる。

 

 

たとえば、私が可愛いワンピースや小物を買いたいとする。

 

 

すると、「これは私が本当にほしいと思っているの?それとも、これを持つことが女性の象徴だから?」

 

「それだと、私が女性らしさの呪いを生産してしまっていることにならない?」

 

「だとしたら、ダイバーシティを語る資格がなくなる…」

 

という結論に至って、可愛いワンピースや小物をそっと元に戻すのだ。(この辺、共感してくれる人多いのではないか、と期待している…)

 

 

以上の3つの背景が複雑に絡み合って、私は自分が「女性」であることを受け入れて来れなかったと認識している。

 

 

何をもって「女性」というのか。それは分からない。

ただ事実してあるのが、自分は「女性の身体」をもって生まれてきたこと。私は可愛いものが好きだし、可愛い自分でいたいと思うこと。

 

 

この身体と命を心から可愛く楽しみたいというのが、今の私。

 

 

一旦はそれを自分の答えにしようかな、と思う。

 

***

 

いつも読んでくださってありがとうハート

 

愛を込めてERIKOより

 

::::::::::୨୧::::::::::୨୧

 Follow me♥

::::::::::୨୧::::::::::୨୧