ERIKO's Profile
「女性」である自分。
それについて、ずっと言葉にしたかった。一旦書いてみるけど、結論らしい結論は出ていないかな。まだまだ模索中。
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自分のセクシュアリティ(=性の在り方)について診断ができる、というあるアプリをやってみたら、「Xジェンダー(自分自身を女性にも男性にも当てはまらないと自認されている方)」と診断された。
それは自分自身の性自認(=自分の性をどのように認識するか)に関する問いについて、「どちらでもない」と私が回答したからだろう。
回答したときの私は無意識にそのように答えていて、結果として出てきたときは非常に違和感を覚えた。
「あれ、どうして私は“どちらでもない”と回答したの?」
私は自分で自分を「女性」であると、思えていなかった。もう少し正確に言うと、「女性」であることを受け入れたくなかったのだ。
その背景について考えてみると、私の中では3つある。
①:「女性」であることがマイナス要素でしかないと思っていたから。
「女性」は社会的に弱い立場であるということを物心ついたときには知っていて、大人になるにつれて肌で感じる機会が増えていった。そうすると自分の思考はこうなっていく。
「男性」と対等に闘うためには強さが必要だ!
「男性」に負けたくない。対等に扱ってもらうためには、なんでも自分でこなし、同じくらい働き、「押忍!押忍!うーっす!」の根性が必要だと思い込んでいた。
もとから自分の弱さを見せるのが苦手なのに、この思考でさらに自分を強がりな人と化してしまったように思う。
②:自身のキャラクターとの“不一致”
「女性(らしさ)」を象徴するものとして私が考えたのは以下。
母性、愛、寛大さ、美しさ、清楚、可愛さ(愛嬌)、感受性豊か、ピンク、白、ふりふり、長髪、メイク、スカート、笑顔、か弱い、守られるべき存在、謙虚、毛がない、性欲がない、おっぱい、子ども好きetc
上で象徴されるものと、自分自身のキャラクターが「不一致」だと感じていた。
自分で言うのもなんだけど、私はずっと自分をお笑いキャラだと思っていた。
そんな自分が嫌いなわけではないけど、お笑いキャラだから可愛いキャラにはなれないし、お笑いキャラだから自分を「女性」として表現できないと思っていた。(非常に謎な方程式だ…苦笑)
「いやいや、私なんて…」という自己肯定感の低さも相まって、「女性」を象徴されるものから自ら避けていたように思う。
③:ダイバーシティ視点が「邪魔」する
LGBTQ当事者の一人として、またこれまでダイバーシティに関することに携わっていた一人として、性別二元論(「女性」「男性」の二元論で語ること)については問い続けたいと思っている。
しかし、ときにそれが「邪魔」してくる。
たとえば、私が可愛いワンピースや小物を買いたいとする。
すると、「これは私が本当にほしいと思っているの?それとも、これを持つことが女性の象徴だから?」
「それだと、私が女性らしさの呪いを生産してしまっていることにならない?」
「だとしたら、ダイバーシティを語る資格がなくなる…」
という結論に至って、可愛いワンピースや小物をそっと元に戻すのだ。(この辺、共感してくれる人多いのではないか、と期待している…)
以上の3つの背景が複雑に絡み合って、私は自分が「女性」であることを受け入れて来れなかったと認識している。
何をもって「女性」というのか。それは分からない。
ただ事実してあるのが、自分は「女性の身体」をもって生まれてきたこと。私は可愛いものが好きだし、可愛い自分でいたいと思うこと。
この身体と命を心から可愛く楽しみたいというのが、今の私。
一旦はそれを自分の答えにしようかな、と思う。
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愛を込めてERIKOより
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