旅の途中、ある「道の駅」でのこと。
入り口あたりで、
野菜の直売所が催されていた。
トマトに、なすに、きゅうりに。
どれもみずみずしくて美味しそう。
お肌ぴちぴちな野菜たち。
使っている基礎化粧品はどちらのもの?
S K-Ⅱ? それともドモホルンリンクル?
そんな具合のみずみずしさ。
ただ、このみずみずしさを差し置いて、
「直売所で売られる野菜」と、
「街のスーパーで売られる野菜」には、
圧倒的な違いがある。
目の前にある、この直売所の野菜たち。
近くの畑で、
採れたまんまの状態なのだろう。
どれもサイズがバラバラで、
歪な形をしているのだ。
普段スーパーでこんな光景はありえない。
強国の軍隊のように、きれいに形は整い、
等間隔で整列させられている。
一方、目の前には、個性あふれる野菜たち。
どちらが良いとかではないが、
なんだか野生の力を感じる。
さて、直売所の歪な形の
野菜たちを眺めていると、
隣に、母と息子親子がやってきた。
母親を見ると、バーベキューで使う野菜を品定めしている雰囲気。
何やら会話を始める親子。
そうなると騒いでくるのが、
「前世盗聴器」の血。
「どれにしようかなぁ」とママ。
カタチがバラバラのきゅうりの木箱を
ごそごそとかき分け、お気に入りの1本を探しているようだ。
かなり入念なご様子。
バーベキューの前菜で使う、浅漬けの材料だろうか?
それにしてもかなり真剣。
ということはもしや人間に化けた河童の親子か?
河童の主食はきゅうりって言うもんな。
おいおい、出会してしまったぞ、伝説の生き物。
ついに、俺も会社で
「信じるか、信じないかはあなた次第です」
と言う時がきたじゃないか。
緊張しちゃうー。
…そんなくだらない時間を自分の脳内で楽しんでいると、
案の定、息子がイライラし始めた。
分かる。母親にとっての家事の一瞬は、
子どもにとっての永遠なのだ。
だから、息子がイライラする気持ち、非常に分かる。
そして、母親に言うのだった。
「ねえ、ママ!
きゅうりを選ぶのに
どんだけ時間がかかってんの!?」
たしかに、たしかに。
客観的に見ても、浅漬けくらいなら十分に味がしみしみするくらいの時間が経過していた。
すると、
「だって、どうせなら
きれいなカタチを選びたいでしょ!」
と赤コーナー・母親の反撃。
続いて青コーナー・息子の攻撃ターンにうつるわけだが、ここで仕掛けた攻撃がなんとも痺れるものだった。
「カタチ、
カタチって、
食べたら
ぜんぶ一緒じゃん!」
結局この後、母親の「うるさい!」の一言で、
息子はKO負けするわけだが、
僕は、この息子が、
「試合に負けて、勝負には勝った」ような気がしてならない。
ゴツゴツと、
カタチのバラバラなきゅうりたち。
ところが、食べればぜんぶ同じ味なのだ。
こんな名言あるだろうか。
感動した僕は、この出来事を忘れないようにと、こんな言葉を携帯に記録した。
「カタチは
みんな違うけど、
食べれば、
ぜんぶ同じ味」
歴史を辿ると、
人間たちは肌の色で争ってきた。
どっちの肌の色のほうが偉いとか、
どっちの肌の色のほうが価値があるとか、
なんの根拠もないことで揉めてきた。
だからこそ、世界中に、
直売所で出会った男の子の言葉を
届けたいと思った。
「見た目? 知るか!
食べればみんな同じ味なんだよ!」
と母親に吠えたあの息子の言葉を。
白いとか黒いとか黄色いとか、
肌の色がどうとかは知らない。
だけど、これだけは確実に言える。
どんな肌の人間だろうが、
中には真っ赤な血が流れる。
肌の色が
どうだろうが、
血の色は
みんな同じ
「赤」なのだ。
世界中からひとつでも多くの、
先入観がなくなりますように。
そして、目の前の人間を、
単なる見た目で判断せず、
「心の目」で見て、愛せますように。
今日は、「愛の溢れる日」と称されるクリスマスから一番遠い日、12月26日。
愛から一番離れたこんな日だからこそ、
「今日」のメッセージを届けます。
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