★★★はじめましての方、★★★

★★★自己紹介はこちらから★★★

 

 

 

 

 

 

このブログでは何度か

「死」をテーマにした記事を

書かせていただいている。


 

 

 

 

 

それは「死」を恐れることなく、

しっかりと向き合いたい。

 

 

 

そう考えているからだ。

 

 

 

だって、人は生まれた瞬間から

「死ぬこと」が決まっている。

 

 


つまり、今のところ

人間の死亡率は100%。

 

 


「死」を恐れて、「死」から目を背けることは、

「何年後かに100%、あなたの家は崩れます」と言われているのに、何も対処しないのと同じではないだろうか。

 

 


それに、「生まれること」と、

「死ぬこと」は対となり、

どちらか一方だけ存在することは不可能である。

 

 


「生」があるから「死」があるし、

「死」があるから「生」があるのだ。

 



 

だからこそ、

「死を否定すること」は

「生を否定すること」である、

というのが僕の考え。

 

 

 

 

 

さて、誰かが天国へ旅立った時。

 

 

そのことを人は「不幸」と表現する。

 


 

「身内に不幸があって」と。

 

 


もちろん、大切な人が

空に旅立ってしまうことは、悲しい。

本当に悲しい。



不幸であることは間違いない。

 

 

 

一方で、 この言葉を聞くたびに

やっぱりそうだよな、と思うこともある。

 

 

まずはこの真意に触れる前に

簡単な構造の話をしたい。

 

 

「不幸」の反対は「幸せ」。

この構造に異議のある人はいないだろう。

 

 

そして冒頭で述べた通り、

「死」の反対は「生」

であることも疑いようがない。

 

 

ここまでの流れをまとめてみるとすごいことが分かる。

 


「死」を「不幸」と呼ぶことを証拠に、

「生」は「幸せ」なのではないだろうか。

 

 

 

そう。「生」は

「幸せ」そのもの。



 

 

「空への旅立ち」のお知らせをもらうたびに

月並みでありきたりな言葉、

「人は生きているだけで幸せ」

が心の髄まで浸透する。

 

 



「死」があるからこそ、

「生」が浮き彫りになる。

 



 

空に旅立った人の分まで、

「生」を堪能しようと思う瞬間である。

 



 

↓応援よろしくお願いします↓


自己啓発書ランキング

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村