薄れる記憶と、いまだから分かること | 夫は心を病むイクメン 鬱は人生のスパイス 美味しい人生になりました

夫は心を病むイクメン 鬱は人生のスパイス 美味しい人生になりました

結婚10年目のプレゼントは鬱病だった。
鬱の夫との日々をふりかえります。

当時のことを振り返りながら・・・

 

時間の関係や実際のことはぼやけてしまっていることもたくさんあることに気づきます。

 

それだけ、時間が経ったんだと思います。

 

一方で、過去を振り返ることを避けてきた自分にも気付かされます。

 

覚えているけれど、鮮明に思い出そうとはしてこなかったこと。

 

醜い自分の姿とつらかった気持ちに蓋をし、隠してしまおうとしている自分にも気づかされました。

 

だから、未だに、その当時の気持ちを書くと、ざわつくし、こみあげてくるものがあります。

 

涙が止まらないこともあります。

 

いまだから分かること①

感情ははっきりと思い出されてくるのに、

 

相談にのってもらった人や両親に言われたことなど、そういったアドバイスや話した内容は全然思い出されない。

 

だから、助けてもらったお話、親身になってもらったお話をかけないでいるのだけれど・・・。

 

8年前うつ病を経験し、いまは治癒した親戚のおねえちゃんに(43歳)に

「病気のときってどうしてほしかった?」と聞いたこともあった。その旦那さんにも家族として、支える立場としてのアドバイスもいただいた。

 

でも、本当に正直なとこと、ほとんど覚えていない・・・。

 

いま思うのは・・・

 

本当の意味で聞いていなかったんじゃないかな。

 

「そうは言われても無理!」という思いが先行して、聞き入れていなかったのかなあ。

 

何を言われても、「やってみよう」という気持ちになれなかった。

これ以上、わたしにプレッシャーを与えないで・・・・もう頑張れない。という気持ちだったのかな。

 

どちらかというと、この思い、この状況に共感して欲しいという気持ちが一番だったのかも。

 

いまだからわかること②

 

「本当の意味でゆっくり休んだらいい。

長い人生、こんな時間もあってもいいー」

 

と心から思えていなかったんだと思う。

 

過ぎた今だから「この時間があってよかった。結果オーライ」って思えるだけで、あのままの状態が今も続いていたら・・・

 

 

お金のブロックと人生にレールを引いてしまうわたしだから。

 

いまでもそういう傾向はあるんだけれど・・・それを変えたいなと思っている。

 

当時はそれが苦しい原因のひとつだということにさえ、気づいていなかったと思う。

 

いまだからわかること③

 

気持ちに蓋をしていて、この思いをここに綴るということは、当時の自分を客観的にみる作業にもなっている。

 

くるしい、いやだ、つらい、やめてくれ・・・常に夫の様子をうかがい、緊張感の中にいたわたし。

そんな自分が嫌いだったわたし。寛容になれない自分が嫌いだったわたし。

 

最悪だったけれど、

 

あのときはもうそれで精一杯やってたんだよって自分に言ってあげたくなった。

 

がんばっちゃう自分が嫌い、気負ってしまう自分が嫌いだったけれど、

でも、それは

それだけ、守りたいっていう気持ちが強かったんだよ、愛情深い証拠じゃないかって言ってあげたくなった。

 

あの頃、感情が我慢ができなくなると、実母に電話していた。時間関係なく・・・

 

ずっとずっと「ドライな母」だと思っていたけれど、このときは何時でも何時間でもつきあってくれて、よくいってくれていた。

 

「あんたは十分、やっとるから。自分を責めたら、わたしは悲しい」って。

 

「だれだって、あんたの状況になったら、冷静でおられへんよ」って。

 

母は、いつも「自分を責めなくていい」っていうメッセージを送り続けてくれていた。

でもそのときは「私を慰めるため、気持ちを落ち着かせるために言ってるだけ」としか思えなかった。

 

時をへて、今、

母の言ってくれていた言葉は「慰めるためだけの言葉ではない」ということに気づけたように思う。

 

「自分を責めたら、わたしは悲しい」と言った母の気持ちは…。

 

すべてを受け止めて、わたしの思いを理解してくれていたから出る言葉だったのかもしれない。

 

って、書きながら、また、涙しちゃいました。

まだまだ、乗り越えていくものはあるんだな・・・

 

ひとつひとつのこころの整理として、書いていきます。