会いたい人、話したい人 | 夫は心を病むイクメン 鬱は人生のスパイス 美味しい人生になりました

夫は心を病むイクメン 鬱は人生のスパイス 美味しい人生になりました

結婚10年目のプレゼントは鬱病だった。
鬱の夫との日々をふりかえります。

夫が病み、毎日途方に暮れていた時、会いたくなった人がいる。
今から3年前…当時から遡って1年前に亡くなったおばちゃん。

実家の隣に住むおばちゃん。

おばちゃんはわたしを本当に可愛がってくれたし、いつも褒めてくれていた人。そして、見守ってくれていた人。

おばちゃんは強く、まっすぐ歩む人だった。

おばちゃんの娘さんは8年前、鬱になった。良くなるまで4年、おばちゃんは毎日娘さんの家に通い、お世話をしていた。

午前中に家事、畑仕事をして、お昼ご飯を作りおじいちゃん96歳に食べさせて、娘さんの家に行く。(夕飯も準備して)
娘さんの家で家事をし、孫の送迎、夕飯の準備と片付けをして、深夜に帰宅。それを2年半毎日…。

その当時のおばちゃんの話を聞いたこともあった。ドン底に調子が悪い時、
「途方に暮れたよ、ホンマに。一緒に泣いてさ、一緒に寝ることしかできへんかったわ」って言っていたのを覚えている。

当時は「たいへんやなぁ、母はすごいなあ」と思っていたけど、その本質まではわかっていなかったと後からわかった。



ごめん、おばちゃん…

おばちゃんの強さは生半可なもんじゃなかったんやな…

おばちゃん、ホンマはめちゃくちゃつらかったやろうな…

おばちゃん、きっと今でも娘さんのこと心配やろうなぁ…

おばちゃん…、おばちゃんなら、わたしになんて言ってくれる?もうこの世にはいないおばちゃんにそう話しかけたとき、

おばちゃんが良く言ってたこと
「ひとつずつやってこ。目の前のことひとつずつやるだけや!」

っていう声が聞こえた気がした。

おばちゃんはあのとき、どうしていたんだろう。娘さんに振り回されないように、どうやって保っていたんだろう?

もっと聞きたいし、昔みたいに
「tomoちゃんはできるよ」って言ってくれへんかなぁ…って思った。

いつもおばちゃんはわたしのこと気にかけてくれていた。
実家を離れ、一人暮らしをすることになり、
「おばちゃん、そろそろいくわー」って出発前に言いに行った時
涙ながらに
「無理したらあかんよ、無理はあかん。でも、がんばりな」って言ってくれた。

結婚式のビデオレター、多くの人がね「おめでとう、お幸せに」というコメントを残してくれている中でおばちゃんは語ってくれていた。

「夫婦はふたりでひとつなんですよ。あなた達はふたりで相談して、ふたりで乗り越えていくんですよ」

病む夫をみながら、どうしたらいいの?もうわからん!!

って、思う時、そんなおばちゃんの言葉がいくつか、浮かんできた。



祖父母も健在のわたし。身近な人を亡くしたのは初めてだった。
おばちゃんの言葉が浮かんでくると、
「心で生きる」ってこういうことなんかなぁと思った。

会いたいなぁって思う。思うことしかできない。でも、それでも何となく支えてもらっている感じ。

おばちゃーん!助けて〜。どうしよ〜?

おばちゃ〜ん!!

よく言ったなぁ。

今でも時々、心の中で思う…
おばちゃん、今なら一緒に、笑いながら苦労話できるね。


わたしには支えてくれる人がたくさんいた。

今でも。きっとこれからも。

時々脳裏に浮かぶ、おばちゃんとの時間。

そのことに本当の意味で
気付けたのも夫が病んで得たことの一つなのかもしれない。