航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンド。
プレミアがついてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。

 

葛城ハルと飛行甲板の塗装をしたところまで来ましたが、ここで足踏みをしていた事由が一応ある。

ハルは5L:ライトブルー、濃い貨物船シルエットの部分や飛行甲板は、5N:ネイビーブルーの代わりに、ミディアムブルー(仮定褪色)を塗布している。

 

問題は、1945年3月の葛城の写真から判る消えかかっている白線。

 

ただ仕上げるだけであれば、白線をそのまま再現すればよい。

だが、写真の飛行甲板を分析すると、かなりの部分で消えかかっている。

 

これをどう再現するか、だ。

これは過去作で使った白線表現。白線をチッピングで劣化表現したもの(1/220 アッシマー)。

でもこれじゃない。

 

白線をどう引くか、これに悩む時間を消費した。

 

ここは、超絶AFV、エアモデラ―の方々によってよく使われる方法である高分子化合物によるアクリジョンの剥離特性を応用してみることにした。その結果がどうなるかは全く判らない。

 

高分子化合物(アクリル樹脂アルカノールアミン液、ポリウレタン、ビニルピロリドン系コポリマーなど)やアルコール、そして可塑剤などを中間層に塗布することで、アクリジョンの剥離を狙ってみたい。

 

ただ問題なのが、ベース塗装もアクリジョンとしてしていること。

 

どうすれば可能となるか。

 

ケープ吹いた時点で化学反応で白化しないだろうか。

確証を得るまでに時間を要した。

 

水性トップコートでこの時点で複数回全体を塗布した。

完全に乾燥させる為に、数日を要した。

 

そしてケープではなく、Vo.5を吹いてみた。

剥がれ過ぎずケープよりは剥がれ度を抑制できると理解しているので、加減を獲りやすいと思っている。

取り敢えず白線を塗布してみた。

一部吹きこぼれてるのはマスキングがしっかりできていなかったから。

でも無視。

 

これが乾燥すれば、遂に剥がし。

うまく出来るだろうか。

 

チッピング、始めた。

 

加水の加減が難しい・・・

終わり。

わざとらしい白線ではない方がリアリティ増々に。

 

ここから質の悪い塗装の褪色表現。

1:19程に希釈したホワイトを吹きかける。

錯視格子や矢印の境界がボヤける。

実物の方は、相当白んでいるので、これ以上は辞めておくことにしよう・・・・

 

マスト2本が損傷大破。

作り直し。

面倒だな・・・・

 

こちらは過去作の四式戦だが、この塗装の際にフラットホワイトの褪色表現を施した。

翼面と胴体面の日の丸の色合いが異なっていることから相当薄くなっている事が判る。

 

 

 

本日最後に。

何度も申してしること。

折角施したオーシャンブルー迷彩なのに、何故緑系の迷彩に見えるのだろう・・・・

不思議。

 

 

本日はここまで。

 

 

 

葛城の色についての公式記録:

①U.S. Navy Photographic Intelligence Report
 分類:戦時中の写真解析(Photo Intelligence)  
 内容:葛城=“Ocean Blue Camouflage” と明記
 雲龍型空母の色を次のように区別して記録しています。
 

     AMAGI = Green Camouflage
     KATSURAGI = Ocean Blue Camouflage

 

 つまり、米軍は 葛城だけが青系迷彩である と明確に判断していたことになります。この区別は非常に重要で、「葛城は緑迷彩だった」という模型界の古い通説を完全に否定する一次史料です。

②U.S. Navy Ship Camouflage Records
 分類:戦後に米海軍がまとめた日本艦艇迷彩の総括資料  
 記述:KATSURAGI = Blue Camouflage と分類


 戦後、米海軍は日本艦艇の迷彩を体系的に整理しており、その中で葛城は “Blue Camouflage” と分類されています。ここでの “Blue” は、米海軍のメジャー21(5-N Navy Blue / 5-L Light Blue)に近い色調として扱われています。



葛城船体色の科学的検証:
もし本当にコダクロームでの撮影なのであれば、青化ではなく赤紫(マゼンタ)が色抜けしてしまう現象特性から、ある程度元の色を再現できます。

 ① 白基準補正(White Balance Correction)
 映像内の「白帽」「波頭の白」を基準に補正すると、船体の青は依然として青のまま残る。これは決定的です。
 ② 露光補正(Exposure Correction)
 露光を上げても、青が薄くなるだけで灰色には戻らない。つまり、元が青系迷彩でなければ成立しません。
 ③ 退色補正(Fading Correction)
 退色補正で赤層を復元しても、船体は「青灰色」→「青緑」へ移動するだけ軍艦色(灰色)には絶対戻らない。これは青系迷彩の証拠です。

映像の色階調を数値化するとどうなるか
 ● 映像の青成分(B)
     船体:B値が海面より高い
     海面:B値は高いがG値も高い(青緑)
     船体:B値が突出(純青寄り)

 ● 赤成分(R)
     船体:Rが極端に低い
     兵員の白帽:Rが正常
   兵員の陸軍服:Rが正常
   → 船体だけが「青系塗料の反射特性」を示している。

同じコダクロームで撮影しているシムス級との比較もしてみました。葛城の青はシムス級の5-N Navy Blue迷彩の船体色に非常に近いです。

比較すると:
 項目    葛城映像    5-N Navy Blue 船体色
 明部の青    青灰色    青灰色
 暗部の青    濃紺    濃紺
 赤成分    極低    極低
 青成分    高い    高い
一致度は非常に高く間違えなく似ています。

 結論:葛城の青系迷彩は「映像補正しても青のまま」
 

 

では。

 

 

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◎葛城で帰還した漢達の慟哭物語

旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。

特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。

独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)

待ちに待った本土への帰還。

南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。

これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。

エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。

葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。

葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。

決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。

こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

 


葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。


長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。

葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。


感慨深かった。

 

ついに還って来ることができた。



叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。



そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。


検疫を受けた。

集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。

俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。

でも自由になった。

これで家に還ることが出来る。

父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。


きっと驚くに違いない。

どんな表情で出迎えてくれるだろう。

どんな言葉を掛けたらいい?

期待は膨らむ。





しかし・・・


廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。


一面の真っ黒な焼け野原。

 廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。

自宅?

ここが?


残留放射能に怯えるまばらな人々。



数日間探しても行方不明の両親・家族たち。

折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。




 もう涙も枯れて一滴も残っていない。

私は明日から何をすればよいのだろうか。





 

 

 

 

 

傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた) 
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった) 
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た) 
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している) 

真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった) 
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった) 
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた) 
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた) 

俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている 
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける 
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ) 
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした) 
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった) 
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった) 

俺はいま 受話器を 静かに置いた 
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい 
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった 

夜明け前の 街が確かに 動き始めてる 
とうとう昭和の歴史が 終わった


長渕 剛 - 「昭和」