【昨晩アップロードをする予定であった記事】
青森、岩手の方、円を描くように下から突き上げて来た、とのこと。
震災級の揺れは階上町。
直下型だと緊急地震速報から10秒後、同時に激震が来るなど、対処が難しい。
どうか皆さまご無事でありますように。
中高年世の星、クリロナ、ライオネルが大活躍。
大活躍?
長友は歯がゆいみたいだね、。
でもポルトガルもアルゼンチンも私の予想ではベスト16には入らない。決勝トーナメント初戦敗退と見ている。
いくらクリロナ、ライオネルがニュースで取り上げられようとも、この判断が変わるほどのものではない。
勿論100%確実なものではない。
しかし、かなりの高確率で、ポルトガル、アルゼンチンが勝ちあがるのは不可能。
申し訳ないが、今の日本にも勝てないだろう。
寧ろ私の中で評価爆上がりは、アメリカだ。
当に想定外。ガボベルテもグループリーグ戦では台風の目。
リサーチ不足。
流石に無理だと思った。
そして今朝の記事で、ネーデルラントから2チーム出ていると申し上げた。
それはいいが、誤りを指摘された。
痛恨にも「ネーデルラント共和国」としたが、「ネーデルラント王国」の間違え。
共和国から王政へ戻っているので、誤りを訂正しなければならない。
ネーデルラント王国から2チーム、オランダとキュラソーが出ているということ。
さて。
葛城。
航空母艦葛城。アオシマの旧キット。
1973年発売のプラモデル黎明期のレジェンド。
プレミアがついてもおかしくない、と個人的には思うところではあるが、800円で連れ帰った。
昨晩(日付超えてからの作業なので今日だが)工作をしたのが全受器。
0.5mm×1mmの1/700の世界では全受器を再現しているキットは無い。
飛行甲板側。
舷側側。
いずれも取り付けることができた。
本当は取り付けるつもりなかったのだがやはり取り付けて良かった。
それから舷側の無線アンテナ。
2021年のパールハーバーコンペで作った旧キット赤城で言えばこれ。艦橋の側面から突き出た桁から桁に複数のアンテナ線が渡っているものだ。
葛城には写真から明瞭に存在しないということ。
本日も時間とれないので少しだけ作業。
飛行甲板上のヒケ、探照灯取り付けモールドを埋める作業。
パテなどという時間浪費なツールは極力使用しないこととし、いずれも魔法ペンとペンサンダーという文明の利器で僅かな工作時間で済ませる。
右舷後方の射撃指揮装置もスクラッチして取り付けた。
作業時間 the 5 min
次回はいよいよ塗装開始!
できるか。
ところで。
最近新発売となったヤマシタホビーの駆逐艦『冬月』1945に期待していたが、見事に裏切られた。
冬月独自の測距議架台も再現されたが、どう見ても形が違うと思う。
9mカッターも撤去してるし言い出したらキリがない程間違いだらけ。
裏切られたどころではない。
ヤマシタホビーの新商品『冬月』を見て、がっかり通り越して憤りさえ感じた。
酷い。
最悪。
いったい何故これで製品化をOKしたのだろうか。
それ程酷い。
個人的に作るならどうぞご勝手にだが、全くお勧めできるものではない。
完成品が架空艦で良いのであれば試してみるのも良い。
冬月で亡くなった英霊にあまりに失礼過ぎる。
間違えだらけで見ていて気分が悪い。
北九州市若松区に現存する冬月は泣いているだろう。
ヤマシタホビーの新製品「駆逐艦「冬月」1945」では冬月1945を再現できない!
架空艦になってしまう。
許せないのが、中華人民共和国の五星模型(ファイブスター)の方が冬月(ふゆづき)を正しく再現できていることだ。
日本人の仕事の丁寧さは、いったい何処へ行ったのだろうか。
とても気分悪い。
お休みなさい😴💤
Operations research
艦橋部品の整形:
・基部の部品前張り出し甲板の整形✔
・電探室階のキャットウォークの再現✔
・後部主檣旗流甲板の謎の張り出しを切除✔
・羅針盤階の構造物より基部の幅を詰める✔
・羅針盤艦橋の後部露天部分における分厚いブルワークを切除✔
・醜い窓モールドを切除してエッチングパーツに取り換え✔
・羅針盤階の構造物を、下階構造物よりも前方へ張り出す様加工✔
・部品をカットして張り出し甲板に突き出る構造物を再現✔
・2k信号灯基部と2k信号灯の取り付け✔
・手すりはエッチングパーツ✔
・30㎝赤外線探照灯基部の取り付け✔
・アイランド基部の増補✔
・葛城にしか見られない特殊形状な基部と対空13号レーダーの自作✔
・22号水上レーダーの基部と本体の取り付け✔
・メインマストのトラス構造の自作✔
・メインマストへ対空13号レーダー取り付け✔
・踏み台の自作取り付け✔
・黒板の自作取り付け✔
・方位感知器の取り付け✔
・飛行甲板側の水密扉取り付け✔
・2式哨信儀全受器の自作取り付け✔
・主檣頂部の方位感知器取り付け✔
・25mm単装機銃の取り付け
射撃指揮装置スポンソンと水面見張り所の作成:
・甲板からの張り出し部分を拡張した上に載せる✔
・スポンソンで支えるようになっているので自作✔
・舷側キャットウォークの自作✔
・ボートデッキの自作✔
・一部のスポンソン支柱基部、支柱の自作✔
・電子戦用赤外線通信機、二式哨信儀全受器の自作と取り付け
・セットな二式哨信儀の発哨器はどこについていたのか確証が無い
・80㎝探照灯の取り付け✔
・2式哨信儀全受器の自作取り付け✔
・25mm単装機銃の取り付け
羅針盤艦橋階、及び露天艦橋階のブルワークの作成:
・高さは均一化する為に、プラストライプを使用✔
・問題は遮風板 >必殺プラ板切り出し合わせ技工作✔
羅針盤艦橋構造物前面の水密扉、側面における水密扉:
・エッチングパーツ使用✔
船首形状の修正:
・艦首機銃台座支柱の自作✔
・射撃式装置台自作と射撃式装置の取り付け✔
・菊花紋章取り付け版の自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔
・合わせ目✔
・底板の整形✔
艦尾スターンデッキの形状修正:
・フラット維持の支柱調整✔
・艦尾上甲板と格納甲板延長部、飛行甲板の支柱自作✔
・フェアリーダ大の自作✔
・エッチング手摺の取り付け✔
・内火艇の設置
飛行甲板の修正:
・艦尾着艦識別モールドの切除✔
・飛行指示白線モールドの切除✔
・木甲板モールドの切除✔
・エレベータの差し込み✔
・クラッシュバリケード部分の甲板拡張✔
・墳進砲スポンソン前側の射撃式装置スポンソンの自作追加✔
◎葛城で帰還した漢達の慟哭物語
旧帝國陸軍第5師団は旧廣嶋で徴兵された兵士を中心に構成された部隊が数多く含まれる。
特に、独立混成第38旅団は、昭和19年廣嶋市内(宇品)で編成され、南太平洋のブーゲンビル島や、ファウロ島などへ派遣され、この地域で終戦を迎えている。
独混38旅団の陸軍兵たちは、帝國海軍第82、87警備隊などの生き残りと共に、第1陣として、航空母艦「葛城」で帰還することになる。(※厚生労働省、アジ歴公開資料より)
待ちに待った本土への帰還。
南方から帰還する第5師団の兵士たちは、自分たちを迎えに来た航空母艦「葛城」を見て泣いた。
これで廣嶋に還ることができる。
皆泣いた。
エンジン音を轟かせ、近づいて来る巨大な葛城の艦影を見て、おーい、おーい!と心の中で手を振った者も多かったであろう。
葛城を見て、ようやく還る実感が湧いてきた者も多かったはずだ。
葛城に乗船する際、訳も説明されずにマスクが配布される。
南方に送られてくる時にそんな配慮は無かった。
決死の覚悟、生きて日本へ戻ることの無い覚悟をして南方へ来た。
こうして日本へ、廣嶋へ還ることができることは表情には出さないものの、誰もが内心喜んだ。

葛城は、現地を1946年1月26日に出港して内地を目指した。

長い船旅ではあったが、故郷日本の山野が目に入ると、誰もが無口になった。
葛城は広島県大竹市沖(宮島西沖)に辿り着き、彼らは輸送艇に乗って、日本の土を踏んだ。

感慨深かった。
ついに還って来ることができた。
叶わぬ願いではあるが、あいつにも日本の土を踏ませてやりたかった。
そう想うと泣けてきたが、嬉しさも同時の表現し難い感情が奥底からこみあげてくる。
自然と無口になった。

検疫を受けた。
集合場所では、荷物がびしょ濡れになる程の消毒液を撒かれた。
葛城を出る時は白い粉(DDT:発癌性物質)を全身に浴びせられたのに。
俺たちは汚物なのだろうか。
違和感があった。
でも自由になった。
これで家に還ることが出来る。
父と母、妻やまだ見ぬ子どもたちと一刻も早く会いたい。
事前に連絡することは出来なかったのだから、急な還りで驚くだろう。
喜んでもらえるだろう。
きっと驚くに違いない。
どんな表情で出迎えてくれるだろう。
どんな言葉を掛けたらいい?
期待は膨らむ。
しかし・・・
廣嶋市内に近づくにつれ、受け入れがたい現実が目の中に否応なく飛び込んでくる。

一面の真っ黒な焼け野原。
廣嶋駅に降り立ち、自宅のあったところに徒歩で向かった。
跡形もない自宅。
自宅?
ここが?
残留放射能に怯えるまばらな人々。
数日間探しても行方不明の両親・家族たち。
折角踏んだ本土の土は、放射能に汚染され、家族は消え、住む家をもそこには無かった。
もう涙も枯れて一滴も残っていない。
私は明日から何をすればよいのだろうか。
傷つけば 傷つくほど 優しくなれた (戦場で傷ついた身体や心があるから優しくなれた)
貧しさは 大きな 力になり (敗戦により突き落とされた貧しさは、大きな成長のバネになった)
意気地のなさは 勇気に変わる (戦場で突撃する時の意気地の無さは、勇気に変えることが出来た)
ひねた瞳は 真実を欲しがる (戦場でひねてしまった瞳は、真実の自分を欲している)
真実は とてつもなく 激しかった (戦争は、とてつもなく激しかった)
愛せば 愛すほど 苦しくなる (愛する家族を想えば想うほど戦場では苦しかった)
はかなさが 美しいから (はかなく散っていく仲間は、時に羨ましくも見えた)
死にたくても また歩いた (自分も死に場所を探したくなったが、前を向いて歩き始めた)
俺はいま 真夜中の湾岸を とばしている
カーラジオ 消して 受話器を耳にかたむける
進路は 東へとお前の 声を聞きながら走る
とうとう昭和の歴史が 終わった
悲しめば 悲しむほど 想いやれた (仲間の死は、想い遣ることの原点だ)
悔しさは 大きな 力になり (敗戦の悔しさ、生き残った悔しさは、日本に巨大な力をもたらした)
力はいつしか 詩になる (その力は奇跡の戦後復興と共に、詩になった)
許せないのは 自分となる (許せないのは、生き残った自分だけになった)
俺はいま 受話器を 静かに置いた
あゝ吹きすさぶ 強く 冷たい風に抱かれたい
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる
とうとう昭和の歴史が 終わった
夜明け前の 街が確かに 動き始めてる
とうとう昭和の歴史が 終わった
長渕 剛 - 「昭和」












