模活ができないですね。
最近電車の中でも爆睡です。
大月まで行かないように気を付けないと(笑)
今日はふと標記の通り、正史三国志で最強をほしいままにした武勇を誇った武将を考察したいと思います。皆さんはどう思います??
1位:呂布 奉先
もうこれは揺るぎない不動の1位でしょう。
その根拠はやはり名だたる豪の武将をたった一人で翻弄した、ということ。
これが記録されている以上、嘘か本当か盛ってる盛ってないは別として、どうしても彼の右に出る者はいないでしょう。項籍ほどの恐ろしい描写はありませんが、三國志随一は間違え無いと思います。
2位:文鶯 淑
残っている記録は呂布に勝るとも劣らない記録。
ただどうしてもインパクトが、パンチが薄い。派手さもない。
ただ、彼一人の武勇は明らかに三國時代に終止符をうつ士気高揚に貢献しているのは間違えないでしょう。「単騎で数百人を相手に数回突撃を繰り返す」これ以上の表現を記録として残すのは呂布のみです。
3位:楽進 文徳
正直ここから先は団子で確実にこの人!と言える根拠が薄いのは間違えないところ。
ただ常に先頭に立ち、敵陣を突破していく姿を記されているのは楽進、李典の2枚看板。魏軍最強武将でしょう。
4位:李典 曼成
僅か800騎で先頭に立ち、孫権軍10万に突っ込んでいく様子が克明に記録されています。恐らく魏軍最強の2枚看板と呼ばれた所以はこういったところにあるでしょう。
5位:張遼 文遠
呂布の武将ですから迷う所はありましたが、李典と共に孫権軍に寡兵で挑む勇気はそれ以上の記述が認められません。
6位:関羽 雲長
どうなんでしょう。顔料を討ち取ったシーンは当に記述に存在します。偶然では?と言われればそれまで。それ以上に武勇に優れた記録がみあたらないのも事実。張飛は武勇というより知将です。
とまぁこんな感じではないでしょうか。
陳到って上杉謙信から見た鬼小島みたいな位置づけの人で、常に劉備玄徳の身辺を警護した武将なのですが、三國志全体でも屈指の武勇に優れた武将なのですが全く知られていません。
著名な「白耳兵」という特殊な親衛隊を率いて劉備に侍りました。劉備側の武将でも趙雲に次ぐ功績を上げましたが、実はある大人の事情で、作り話である三国志演義に登場しないのです。
だから著名ではない、というところですが、史実を語る劉備陣営では当にトップクラスの武将と評価せざるを得ません。演義でいう趙雲の活躍をイメージすれば良いでしょう。
本家本元の中国では馬超を討ち取る寸前まで追い込んだ閻行って韓遂配下の武将の評価が高い様です。
理解が追い付かないのは劉備が上位に来るということでしょうか・・・
どうなんでしょう。。。作り話である演義のイメージが強すぎで正史だとイメージが全く異なる武将も多いですから記憶も混同します。
では。
寝なかった自分を褒めてあげたい・・・・